2015 年 06 月号より
二十数年前「結社の時代」という言葉が話題となった。角川書店の「俳句」編集長秋山實が提案したキャンペーンで、一種の流行語になった。だが成果らしいものはほとんど無かった。稲畑汀子さんによると「結社の時代」の次は「俳句総合誌の時代」であったという。そう言われるといささか面映ゆい。近年、総合誌がオピニオンリーダーとして力を発揮したことは皆無に近い。現代の俳壇を私は「混沌の時代」と呼びたい。主宰の高齢化による病気や死亡で伝統ある結社が相次いで解散に追い込まれている。これから、結社の将来はどう展開していくのだろうか。私は一縷の希望を抱いている。"混沌の力"という言葉がある。カオスの中から、平成の芭蕉・子規と呼ばれるような若い才能が忽然と現れてくるーそんな予感がするのである。
2015 年 05 月号より
少子高齢化が社会問題となっている。お隣りの韓国・中国においても同様であると聞く。特に中国は一九七九年に始まった〝一人っ子〟政策の反動で深刻な事態におちいっているようだ。先日、『世界オモシロCM』というテレビ番組を観ていたら、中国のCMが紹介された。五十歳を過ぎた息子と八十歳くらいの父親が二人で暮らしている。父親は認知症である。息子が父親をつれてレストランに行くと、父親はギョーザを二個ほど口にしただけで残りはポケットに詰め込む。「家にはギョーザの好きな息子が待っているんだ」と認知症の父親は話す。あらすじを文章にすると素っ気ないが映像で観るとグッと胸に刺さる。三十秒のCMが一時間ドラマに匹敵する感動で涙を誘う。十七音の俳句が一篇の小説よりも深い感動を呼ぶことがあることを俳人なら誰でも知っている。
2015 年 04 月号より
坂東三津五郎さんが亡くなられた。享年五十九。あまりにも若い死である。初めて三津五郎さんに会ったのは二〇〇一年、黛まどかさんを中心とした「百夜句会」第一夜の席。二年後の〇二年五月、博多座で十代目三津五郎の襲名記念公演が行われたとき、福岡市にあるわが家で襲名祝賀句会を開いた。参加者は黛まどかさん、数学者の藤原正彦さん、俳優の辰巳琢郎さん、マラソンの増田明美さんなど十余名。一芸一能に秀でた人たちの集まりだけに宴会のような賑やかさであった。だが、どんなときも三津五郎さんは和服の膝を崩すことは無かった。一昨年の夏、博多の居酒屋で酌み交わす機会があった。店の女将が色紙を差し出すと、毛筆でていねいに一句したためた。<討入を果たして残る紙の雪 三津五郎>
2015 年 03 月号より
読んだことも聞いたこともない言葉が、ある日突然、新聞やテレビで報道されることがある。最近では「限界集落」や「消滅可能性都市」等である。二つの言葉に共通するキーワードは〝少子高齢化〟である。特に少子化は産業の生産力、購売力の低下を招き、あらゆる分野において衰退傾向をたどる原因となる。俳壇においてもその兆候はあらわれている。昨年、九州地区において主宰の死亡により解散した結社は「椎の実」(神尾久美子主宰)、「蕗」(倉田紘文主宰)。今年に入ってからも主宰の病気により「白桃」(伊藤通明主宰)、「菜殻火」(野見山ひふみ主宰)が休刊に追いこまれた。いずれも九州地区における有力結社であった。この傾向は今後も全国的に拡散していくことが予想される。 いま、結社や協会にどれほどの危機感があるのかを問いたい。
2015 年 02 月号より
「夜汽車」と聞くと、私は冬のイメージが強い。田舎から大都会に出て来て大晦日まで働き夜汽車で故郷に帰る。誰もが両手におみやげを抱え、携帯ラジオからは紅白歌合戦が流れている。そんな光景が浮かぶ。私は十代の後半、大阪で住み込み店員として働いていた。正月が近づくと無性にホームシックに駆られる。大阪駅に行き入場券を買ってプラットホームに並ぶ。そこには懐かしいふるさとの方言があふれている。やがて列車が入ってくると乗客はみんな乗り込み、ホームには私一人だけが残されるーー。夜汽車には人それぞれの思い出があるだろうが、今、日本から寝台列車が消えつつある。最後のブルートレインといわれる「北斗星」(上野⇔札幌)もあと二ヶ月余りで廃止になるという。昭和の思い出がまた一つ消える。
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