2015 年 10 月号より
この一年余、体調がすぐれない。原稿用紙一枚足らずのこの稿を書くことさえ苦痛である。「文學の森」を興して十三年。せめて十五周年までは頑張りたいと思っているが、体力がもつかどうか。そこで、いま言っておかなければならぬと思うことを書き遺すことにする。――スポットライトを浴びて華やかな舞台に立っている人には、うす暗い会場の観客は見えない。為政者や経営者など、人の上に立つ指導者に往々にしてみられる光景である。一人の独裁者が長年その場に執着することは百害あって一利無し。『平家物語』の一節を思い出す。「おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ。(中略)前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、伝え承るこそ心も詞も及ばれね」。古典の文が現代社会にそのまま当てはまることに驚く。
2015 年 09 月号より
ずいぶん遠くまで来たもんだと思う。わが齢のことである。森澄雄に<はるかまで旅してゐたり昼寝覚>という句がある。「はるかまで」は地図上の距離ではなくて、夢想上のかなたであると澄雄は言う。昼寝の中で冥界まで旅をして、父母や祖父母に逢い、戦友や幼友だちとも再会しただろうか。昼寝から覚めたときの寂寥感がつたわってくる。日本人の平均寿命は男性で80.50歳だという。仮に平均寿命まで生きのびたとして、私の場合、あと三年弱しか残っていない。そろそろ人生の締めくくりの準備をしなければならない。まず祖先の墓前にぬかずき罪多きわが来し方を詫びなければならない。次に、日本に生まれ、人生の最期に日本文化の花・俳句にかかわる仕事に巡り合った仕合わせを神に感謝したい。<生涯の終りちかづく遠花火  大牧広>
2015 年 08 月号より
俳人は変人。変人だから俳人。変人な人ほど俳句がオモシロイ。雑誌も同様。変人度の高い編集者ほど企画がオモシロイ。ことに俳句総合誌はもっと大胆であれと思う。ヌード写真や好色小説があってもいいではないか。安全保障関連法案についての特集を組んでもいいではないか。最近の俳句雑誌はみんなお行儀が良過ぎる。面白くもおかしくもない。これでは売れない。今、俳句総合誌は経営の危機に瀕している。いつどの雑誌が廃刊になっても不思議ではない。にもかかわらずまるで念仏をとなえるように「季語」と「切れ字」と「俳句上達法」の特集をくり返す。ああ、編集者とはなんと融通のきかない職業だろう。月刊「俳句界」の編集部に告ぐ! 既成概念を捨てろ、大いに野蛮であれ。昭和の時代の作家と編集者の狂気のような格闘を見倣え。
2015 年 07 月号より
四月に安倍晋三首相が訪米したとき、ホワイトハウスの晩餐会で首相出身地の日本酒『獺祭』が乾杯に供されたそうだ。獺祭についての説明は本誌読者には蛇足であろう。私が少年のころに暮らしていた高知県ではカワウソは身近な動物で、夏に川で遊んでいるとすぐ近くでカワウソも泳いでいた。カワウソの毛皮は良質でそのため乱獲され、やがて姿を消してしまった。二十年ほど前、カワウソの糞が須崎市の新荘川の川原で見つかったという記事が新聞に大きく載った。新荘川沿いの道路には「カワウソの棲む川」という立看板が建てられた。二年前、テレビのニュ-スでカワウソが絶滅種に指定されたことを知った。 八月に『よさこい祭』の見物をかねて "帰郷"する。ついでに新庄川まで足をのばしてみようと思っている。ウソ発見器を持参して。
2015 年 06 月号より
二十数年前「結社の時代」という言葉が話題となった。角川書店の「俳句」編集長秋山實が提案したキャンペーンで、一種の流行語になった。だが成果らしいものはほとんど無かった。稲畑汀子さんによると「結社の時代」の次は「俳句総合誌の時代」であったという。そう言われるといささか面映ゆい。近年、総合誌がオピニオンリーダーとして力を発揮したことは皆無に近い。現代の俳壇を私は「混沌の時代」と呼びたい。主宰の高齢化による病気や死亡で伝統ある結社が相次いで解散に追い込まれている。これから、結社の将来はどう展開していくのだろうか。私は一縷の希望を抱いている。"混沌の力"という言葉がある。カオスの中から、平成の芭蕉・子規と呼ばれるような若い才能が忽然と現れてくるーそんな予感がするのである。
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