2016 年 08 月号より
「無言館」。先の大戦で強制的に狩り出され戦死した画学生たちの遺作品を展示する。無言は人間の意思表現の一つである。しかし、無言館の無言は、異国の地で散った画学生たちの無念の無言である。夏の月夜、無言館にひとりで座っているとどんなもの音が聞こえるだろうか。風の音、草木のそよぐ音、虫や小鳥の声、などなど。 だが人間の生の声はまったく聞こえない。耳を澄ますと闇の奥から進軍ラッパの音が聞こえてくる。七十年前の夏、国民全員が二度と戦争しないことを誓って平和憲法を発布した。あのときの日本人の心には一片の迷いもなかった。いま安倍政権は憲法改正と軍備強化を声高に叫ぶ。ことしの秋には「無言館」を訪ねてみたい。そして、美術学生たちが残した作品と対面したい。無言のメッセージを聴き取るために。
2016 年 07 月号より
すし屋のチェーン店がテレビで窯焼のCMを流していた。みるからにおいしそうな鰻丼である。牛丼の吉野家も毎年夏になると鰻丼のCMをやっている。ならば、俳句雑誌が俳句以外の特集をやるのも一興かもしれない。そう思いついて今月号は作詞の鬼才阿久悠の特集を組んだ。ペンネームは「悪友」からという。生涯の作詞五〇〇〇以上。歌謡曲、演歌、フォークソング、アニメソングと幅広い。日本レコード大賞、日本歌謡大賞、日本作詞大賞、古賀政男記念音楽大賞など数えあげたらキリがない。二〇〇七年、尿管癌のため逝去。享年七十。阿久悠の言葉。「感動する話は長い短いではない。三分の歌も二時間の映画も感動の密度は同じである」俳句にも通じる言葉である。一冊の句集は大河ドラマに匹敵する。
2016 年 06 月号より
以前、西村和子さんが新聞に「俳句総合誌は書き手を育てる役割を忘れてはいないか」という趣旨の評論を書いていた。それを読んだとき、私は少なからずショックをうけた。当時、「俳句界」の発行を前経営者から引き継いで三、四年目のころで、編集にも経営にも悩んでいた。「書き手を育てる」ということは、斬新な企画で若手の作家や評論家に原稿依頼をするということであろう。いわれてみると俳句総合誌の内容は百年一日の如しである。紙の雑誌はもうすぐ絶滅すると言われて久しいが、それを読者の活字離れのせいにして編集者は一顧だにしない。俳句雑誌だからワクを越えたことはできないと考えるのではなく、むしろ俳句雑誌だからこそ大胆な企画も許されるのだと考えたほうが、新しい途がひらけるのかもしれない。
2016 年 05 月号より
日本ペンクラブという団体があることは以前から知ってはいた。ペンは筆記具のことで文筆業に携わる人たちの総称だろうと勝手に推測していた。ところが「PEN」にはちゃんとした意味があることを初めて知った。ポエット(詩人)のP、エッセイスト(随筆・評論家)のE、ノベリスト(小説家)のNを合わせ「PEN」を表しているという。入会には会員二名(うち一名は理事)の推薦が必要で、さらに文芸的著作物が二作品以上ある作家に限られるという。かなり狭い門のようだ。そのペンクラブから入会案内が届いた。年老いた私が今さら入会しても何の役にも立たないだろうと考えて躊躇したが、とりあえず申込書を送っておいた。俳句雑誌の編集者として新しい情報を発信できたら意義あることだろうと考えている。
2016 年 04 月号より
敗戦の混乱期を高知県の片田舎で過ごした。十四、五歳のころから俳句や詩を東京の雑誌に投稿することが唯一の楽しみであった。社会に出て人生のどん底を放浪していたときも俳句がいつも傍にあった。今、人生の終りにさしかかって俳句雑誌の仕事に携わっているえにしを不思議に思うと同時に神に感謝している。出版業界は過去に経験の無いきびしい冬の時期にある。少子高齢化とインターネットや電子書籍の普及による活字離れから雑誌の廃刊、書店の倒産が後を絶たない。紙の雑誌は近い将来、絶滅するだろうといわれている。十代〜二十代のころ雑誌に触れなかった世代が将来、消費の主役になったとき、出版業はどうなるのか。「余命」という言葉が身にしみる齢となった。残された時間をこの仕事に全力を注ぎたいと願っている。
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