2011 年 04 月号より
小学生時代の同窓会に出席してきた。同窓会というよりも老人会と呼ぶほうがふさわしい顔ぶれである。ことしから後期高齢者の仲間入りとなる。この後期高齢者という呼び方が嫌いだ。余命いくばくもありません、と宣告されたような気分になる。同様に身体障害者という呼び方も嫌いだ。「障害」を辞書でひくと「さまたげ。じゃま」とある。障害者とは社会の邪魔者だと言っているようなものだ。認知症、熱中症も変な日本語である。日本人はいつから言葉に対して無頓着になったのだろうか。人間性に欠ける言葉の氾濫が弱者切り捨ての無情社会をつくる。本年度から小学校で、来年度から中学校で俳句の授業が正式に始まるという。美しい日本語の創造と俳壇の将来のためにも朗報ではある。
2011 年 03 月号より
私の好きな小説家の一人に上林暁(1902~1980)がいる。尾崎一雄とならぶ私小説の第一人者である。上林は60歳のときに脳溢血で半身不随となったが妹・睦子の介護と口述筆記により78歳で世を去るまで小説を書きつづけた。死の4年前、74歳のおりに句集『木の葉髪』(永田書房)を刊行している。森澄雄が生前「上林暁の句集はぼくが編集したんだ」と話してくれたことがある。病床の上林を助けて澄雄が編纂を手伝ったのだろう。その澄雄は1995年、上林と同じ脳溢血で倒れたが長男潮氏の献身的な介護により車椅子で吟行をつづけ、昨年夏91歳で亡くなるまで俳句一筋の生涯を送った。両氏とも日本芸術院会員であった。〈文芸に一世(ひとよ)をかけし木の葉髪 上林暁〉
2011 年 02 月号より
少年期を過ごした高知県の幼友達から雉子肉が届いた。子供のころは、裏山で鳴く雉子の声をよく聞いたものである。ケンケンと甲高く鳴くのは雄の求愛の声である。山道で雉子の親子連れと出遇ったことも何度かある。そんなとき母鳥は決して逃げることはしない。数羽の雛をかばうように引きつれて茂みの奥へ消え去って行く。春の野焼のとき、燃え盛る炎の中から翔び立つ雉子を目撃したこともある。母鳥は雛を守って吾が身に火が燃え移る寸前まで逃げないのだ。それにひきかえ人間社会は親殺し子殺しや児童虐待のニュースが跡を絶たない。親子の情愛において人間は野鳥にも劣るのかと考えるとやるせない気分に駆られる。〈父母のしきりに恋ひし雉子の声 芭蕉〉。 
2011 年 01 月号より
「もういくつ寝るとお正月……」指折り数えて待っていたことが、あっというまに過ぎ去っていく。人は一生のあいだにどれだけ多くのことを待ちつづけ、そして“過去”という時空の彼方に置いてきたのだろうか。幼い頃の誕生日会やクリスマス。若い頃のデートや初めての海外旅行などなど。だが、齢をとるにつれてそんな楽しみがめっきり減ってきた。そこで奮起一番。今年から私も本誌の投句欄にチャレンジしてみようと考えている。先月号から投句蘭が大幅に増頁されたので、ひょっとしたら佳作ぐらいには選ばれるかもしれない。急いで投函すれば3月号に間に合う。日常の暮しの中に“待ち遠しい”という楽しみがあることは心の支えにもなる。さて、俳号はどうしようか。
2010 年 12 月号より
本誌に好評連載中の『佐高信の甘口でコンニチハ!』は今月号から6年目に入る。これまでに登場いただいたゲストのごく一部を抜粋してみる。筑紫哲也、都はるみ、浅井愼平、檀ふみ、井上陽水、中村吉右衛門、川中美幸、小沢昭一、佐佐木幸綱、山田太一、嵐山光三郎、辻井喬、なかにし礼、加藤登紀子、大竹まこと、吉行和子、姜尚中、中島誠之助、森村誠一、櫻井よしこ、篠田正浩などなど。番外編では星野哲郎、船村徹、梁石日も。一回の休載もなく5年間続けてこられた佐高氏に深謝。来月号はプロ野球解説者の張本勲、引きつづき映画俳優の菅原文太など豪華な顔ぶれが候補に上がっている。俳句雑誌にあるまじき無鉄砲な企画ではある。=文中敬称略=
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