●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2015年12月号 ○
特   集
現代俳句の挑戦者たち
金原まさ子 大牧広 井上泰至 堀本裕樹 青木亮人 髙柳克弘
特 集 2
総合誌の未来、結社の未来
対談 石 寒太 VS 姜 琪東   大井恒行 今泉康弘 土屋義方
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、俳句の「読み」を読むー岸本尚毅、他
特別作品50句
鷹羽狩行
俳句界NOW
大牧 広
甘口でコンニチハ!
西木正明(作家)
魅惑の俳人 86
阿波野青畝
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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
無方無時熱沙に消ゆる津田清子
北海道 塩見俊一
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
一輪の夕顔に闇定まれり
奈良 髙畑美江子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
芋の茎きしみて育つ旱星
神奈川 山口望寸
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
還暦は疾うの昔や浮いてこい
福岡 水間道愉
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
手話の掌の激しく動く原爆忌
三重 片岡資郎
今年は敗戦七十周年、原爆の悲劇よりも七十年。その原爆被害について今でも多くのことが語り継がれている。手話でも原爆の恐ろしさや、被害の巨大さが語られているのであろう。掌の動きの烈しさから、原爆への思いの烈しさが見えてくる。
つい台詞言ふ馬の足村芝居
愛知 鱸 鉱志
馬の足役が主役の動きに従って動いたり、立ち止まったりしている。主役が台詞を忘れて、ちょっとためらった。その瞬間、馬の足役の一人が、台詞を言ってしまったのである。村芝居らしい光景であり、ほほえましい句である。
外海に鯨くる町祭笛
北海道 中 悦子
冬が近づいてきた。その頃、外海に鯨が来るというニュースが町人に知らされた。町では秋祭が行われている。「鯨くる」という報せに祭は一層盛上り、祭笛の音も高くなったのである。北海道らしい光景である。
雑詠-稲畑廣太郎・選
越後屋のなんなく斬られ夏芝居
北海道 三泊みなと
夏芝居はいかにも涼しげな出し物が多いが、やはり勧善懲悪ものは痛快で涼しいものだろう。お馴染みの悪代官から「おぬしもワルよのう」と言われる越後屋が主人公に斬られて、被害を蒙っていた人は助けられてめでたしめでたしとなる。日本人が大好きな涼しさなのである。
名を決めて産声を待つ夜長かな
大阪 石川友之
最近の医学では、生まれる前からその子が男の子か女の子かは、ほぼ判るということだ。実は筆者は敢えて自分の子供がどちらであるかは聞かなかったのであるが、何れにせよ生まれてくる子の名前を考える幸せがひしひしと伝わってくる。季題の「夜長」がこの上もなく効いている。
おだやかな人おだやかに蠅払ふ
富山 清原洋子
某所に保管してある、高濱虚子が使っていた蠅叩きなるものを見せてもらったことがあるが、人は蠅と遭遇すると、果たしてどんな行動に出るだろう。筆者はやはり退治することを考えてしまうが、この句で描かれている人は何とも大らかで、季題が詩情豊かに表現されている。
雑詠-茨木和生・選
大蛇より出でし教へ子秋祭
広島 伊藤孝子
広島県も神楽の盛んな地である。秋祭の一日、神社で奉納される神楽で最も人気のあるのは「八岐大蛇」である。神楽を演じ終えて、お礼の挨拶のために大蛇から顔を出したのは、かつての教え子であった。あの子が、という先生の驚きも伝わってくる。
フライパン一つの料理夏休み
徳島 米本知江
一人の子供ではないだろう。三度の食事、普通なら給食があるから昼の食事を考えることもなかったが、夏休みとなれば別である。子供たちの好きな焼きそばや焼き飯、とにかく洗い物も少なく、と考えると、毎昼、フライパン一つの料理になる。
この川に落ちし思ひ出蛍の夜
大阪 森田蓉子
懐かしい記憶を持っている作者、蛍が飛び出す頃になると思い出すのは、この川に落ちたということ、なにごともなかったからよかったけれど、着ていた服を濡らして家に戻って、「よそ見ばかりしているからや」と母に叱られた思い出も懐かしい。
雑詠-大串章・選
戦争がまた立つ廊下うそ寒し
愛媛 境 公二
渡辺白泉の代表作〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉を踏まえる。白泉はアイロニカルな戦争俳句を多く作ったが、一九四〇年、京大俳句事件で検挙された。掲句は、安全保障関連法の成立(二〇一五年九月)に触発されて生まれたものであろう。戦争の不安を感じさせる。
古里に聴く正調の鉦叩
島根 東村まさみ
生れ故郷で鉦叩きの声を聴いている。ちん、ちん、ちんという澄んだ音色に耳を傾けながら、これぞ正に鉦叩きの声だと思っている。懐かしい故郷の光景を浮かび上がらせる透き通った虫の声。その声を「正調の」と言ったところに、故郷に対する思いの深さと誇りが感じられる。
書を曝す亡き師の付箋そのままに
大分 森田里華
土用の晴れた日に本の虫干しをしている。その中に師から頂戴した貴重な本も交じっている。そこには「亡き師の付箋」が何枚も貼り付けられている。その付箋を見ていると、ひたすら読み込み、しきりにメモをとっていた師の面影が浮かんでくる。厳しくも優しい師であった。
雑詠-角川春樹・選
白桃の色を置きたる白磁かな
東京 矢作十志夫
季語「白桃」から色彩のみを抽出し、即物的な表現にとどめている。「白桃」「白磁」と「白」を重ねながらも、クロッキー画の描線が想起され、まるで静物画を眺めているような気分になる一句である。
昭和また遠くなりけり浮いてこい
神奈川 盛田 墾
昭和を代表するような俳優や作家などの訃報が報じられると、まさに掲句の感慨を深くするものである。浮人形を「浮いてこい」という呼称で用いることで、昭和という時代を生きてきた日本人への挽歌となっている。
プール出るときの地球の重さかな
神奈川 久里枕流
プールから上がるときの、徐々に浮力を失っていく感覚が伝わってくる。重力を「地球の重さ」と転じて表現したことで、プールという限定された場所から、読者の視界を宇宙へといっきに広げてみせた。
雑詠-岸本マチ子・選
戦闘帽父の昭和の汗滲む
愛媛 境 公二
「戦闘帽」とは、戦後ほとんどの人がかぶっていた様に思う。まさに昭和の苦悩や飢え、悲しみや希望などしたたる汗を滲ませた、お父上様の思いは勿論あの苦しかった昭和時代を彷彿させる。
金魚買ふ竜宮城も買ひ足して
長崎 青木のり子
「金魚」に「竜宮城」というのはメルヘンチックではあるが、なんとなくミスマッチ。思わずうふふと笑いたくなる気持はよく分かる。素直な子供心に賛成です。
大蛇より出でし教へ子秋祭
広島 伊藤孝子
お祭りを見に行った先生。多分目の前のお神輿の立派なおどろおどろしい大蛇から教え子が出て来てびっくりなさったに違いない。なんとなくおかしく切ない。先生は生涯忘れないであろう。
雑詠-坂口緑志・選
湖の水ゆき渡る青田かな
滋賀 山本 浩
湖の青々とした水が周辺の田へ引かれて、潤しているのであろう。青田の瑞々しい青は湖を取り囲む山々や森のみどりに育まれて生まれた青であり、その青に育まれた青田である。湖の水の恩恵を存分に受けた青田はどの青田よりも美しい。
手に掬ふ水の重さや原爆忌
東京 徳原伸吉
八月六日あるいは、八月九日の原爆忌。手に掬う僅かな水さえも重いと感じる作者。重いと感じるのは、質量としての重さではなく、貴さとしての重さなのである。原爆の日の惨状を思うとき、手に掬う水の量が少ないほど、その重さを思うのである。
父と子の背丈も足して蟬を取る
東京 東 和郎
捕虫網を翳しても子の背丈では蟬に届かない。父にも届かないのであろう。そこで、肩車でもしたものであろうか、ようやく蟬を捕ることができた。父と子の背丈を足すという表現が的確かつおもしろい。
雑詠-佐藤麻績・選
水を打ち水を供へて原爆忌
神奈川 長浜よしこ
水に対しての実用的行為と精神的行為が詠まれた句。「打水」は、夏に涼を呼ぶためと埃や乾燥に対して行うもの。一方「水を供へる」は、神仏や故人に対しての精神的な行為。原爆忌は八月六日と八月九日、その間に立秋があるが季語としては重い。季重なりは問題外として頂いた。
昭和また遠くなりけり浮いてこい
神奈川 盛田 墾
「明治は遠くなりにけり」とすでに詠まれているが、昨今の変化の激しさには昭和が遠くなっていく実感が強い。明治なら文明開化という進歩であるが、現代は変化を実感する。ともあれ日々変化の現実に於いて「浮人形」は余裕なのか逃避なのか、否何と言っても俳句であると思う。
秋冷をゆつくり押して太極拳
岐阜 大西誠一
秋冷とはしみじみとしてなかなかの季語である。季語として詠むことはいうまでもなく実感として好ましい。太極拳を朝に行う人がいるが、まさに秋冷を押すとは的確な捉え方である。「ゆつくり」が安易な表現にならず一呼吸置かれたようなゆとりを感じさせてくれる秀句である。
雑詠-鈴木しげを・選
朝露や糶に出さるる犢の眼
滋賀 北村たかし
「犢」は子牛。牧舎のある牧場の朝の場景と思う。親牛でも子牛でも糶にかけられる気配をいちはやく感じとるのではあるまいか。うったえるように作者を見る子牛の眼が愛しく哀しい。朝露のやわらかな光がその場のすべてをつつみこんで余すところがない。
我道を行くつもりらし葛の花
秋田 佐藤幸子
「行くつもりなり」でなく「つもりらし」と云っているから、近親の者に対してかく詠んだのであろう。我道を行く生き方にその人の強い信念を見ている。葛の花を置いたことで人間的なぬくもりを感じさせる。多分に主観的な句であるが、これを支えているのが葛の花の季語である。
夏雲の湧けばぐんぐん草千里
神奈川 正谷民夫
「草千里」はいうまでもなく阿蘇山の中央にある広大な草原である。最近火山活動が活発化している様子だが草千里もかつての火口跡だから少し心配である。大阿蘇に湧く夏雲の生命力に溢れる景。「ぐんぐん」の擬音語がよく生かされている作。
雑詠-高野ムツオ・選
反戦の厨の奥のちちろ虫
福岡 矢野二十四
「反戦の」の「の」で軽く切れる。だから、「反戦の厨」ではなく「反戦のちちろ虫」ということであろう。むろん、厨の作者も反戦の思いを強くしているに違いない。反戦の思い自体が厨という場所から生まれるとも読める。
玉音のノイズに染みる蟬の声
東京 徳原伸吉
「玉音のノイズ」と「蟬の声」の取合せからは、これまでもたくさんの句が生まれたことだろう。それでも、この句の発想が他と違っているのは、ノイズ自体に蟬の声が染み込んでいるととらえたところにある。あの日の蟬の声は今でも聞こえるのだ。
また新たなる千羽鶴広島忌
大阪 村上直子
前句同様、この句の「千羽鶴」と「広島忌」の取合せは、これまでも数知れない句を成してきた。にもかかわらず、「また新たなる」という表現によって、平和の祈りが未来へと今も続いていることを訴えるに成功している。俳句は素材だけで生まれるのではない。
雑詠-辻桃子・選
蠅叩くちからもなくて病めりけり
鹿児島 内藤美づ枝
病んで床に臥せっている作者のもとを、さっきから一匹の蠅が飛んでいるのだろう。作者は上体を起こすこともできず、まして蠅を追う力もない。一匹の蠅と対峙した作者の研ぎ澄まされた意識を感じさせる句だ。ここには作者と一匹の蠅以外だれもいない。
敗戦忌糸瓜垂らして父住まう
東京 品田冨美子
今年も巡ってきた八月十五日。作者の父もあの戦争を体験してきた。庭に糸瓜棚を設えた家に父は住んでいる。「糸瓜垂らして」という措辞、また、「終戦日」と言わず、「敗戦忌」の季語を選んだところに、父や作者にとって戦争がどのようなものであったかが暗示されている。
夕虹の果てに歩いてゆけさうな
滋賀 北村和久
夕虹が大きく架かっていて、その虹の端はおどろくほど近いところに落ちている。作者は今は目が不自由だが、このとき作者の内なる目には夕虹がありありと見え、指呼の間にその果てをとらえていたのだろう。夕虹を前にした作者の実感が詠ませた句だ。
雑詠-夏石番矢・選
水を打つ水をもつとも綺麗にし
大分 金澤諒和
先月に続いて特選第一位。日常茶飯事の「水を打つ」行為が、貴重で美しい祭礼のような輝きを帯びる。「水をもつとも綺麗に」するのは、浄化した水を打つだけではなく、打ち水によって水がこの上なく美しくなると把握している。打たれた水の姿がスローモーションで鮮明に浮かぶ。
サイダーの消えゆく泡にともる過去
新潟 とっこべとら子
この作者特有のほろ苦いメルヘン。サイダーの小さい泡に宿る過ぎし日の思い出。それも、はかなげながら淡い光を放っている。『方丈記』の「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて」を現代風にアレンジ。現在と過去の交差をうまく詠み込み、在来の無常観を明るくした。
立ち上がるとたん案山子となりにけり
滋賀 赤木和代
原句「案山子になりにけり」を掲出のように改めた。カフカの『変身』を、俳句風に滑稽に変化させた一句。私たちは、立ち上がると実は別の存在になっているのだが、たいていは気づかない。一本足の「案山子」になってしまった人は、これからどういう日々を過ごすのだろうか。
雑詠-西池冬扇・選
手話の掌の激しく動く原爆忌
三重 片岡資郎
今年はどこの投句でも原爆忌、敗戦忌等の平和を願う気持を込めた作品が多かった。繰り返してはならぬ戦争の惨劇、それが一歩現実味を増したことを俳人は敏感に感じ取っている。だが詩の世界では作品がスローガンに終わってはいけない。掲句はこの時代を鮮明に詩的に捉えた。
蟬しぐれ百人分のカレー鍋
群馬 小暮駿一郎
実に単純なモノだけの「取合」の句である。しかしそこには鮮烈な「イメージ」が沸いてくる。「百人分の」という形容に新鮮味を覚えた。その新鮮さが上五の「蟬しぐれ」と相俟って、涼しいキャンプ場の林間で大わらわになって動き回る大人や子供の声や映像まで浮かびあがらせる。
清水の舞台で閉じる白日傘
神奈川 磯村昌子
映像がクリアに浮かぶ作品だ。一章で仕立てあげていることがすっきりした白日傘の「イメージ」にふさわしい。この句は作者が他人を写生したとみるよりも、作者自身の姿と理解する方がおもしろい。「清水の舞台」という言葉が活きてきて、日ざしとともにかすかな諧謔味を感じる。
雑詠-原 和子・選
炎帝の叱咤もすでに十日かな
神奈川 富岡 弘
炎帝とは火を司り、夏を司る神、神農氏のこと。今夏の暑さは、一体何時まで続くのか分からない厳しいものだった。まるで天から怒られているような日がもう十日も経っているという句意であるが、人間がどう抗っても天地自然の中で暮らさざるを得ないことが端的に収められた。
八月の海に石投げ父のこと
埼玉 鈴木良二
この国にとって八月は祈りの絶えない月である。従って八月の海は特別の意味をもった海ということになる。そこに石を投げる作者の行為が切実に伝わる。それは怒り、かなしみ、さびしさ、こころのうちが下五「父のこと」に集約される。他人事ではない自らの真情が表出された句。
葛の花道を塞ぎて故郷なり
静岡 渡邉春生
秋の七草の一つに数えられている葛の花は、〈葛咲くや嬬恋村の字いくつ 石田波郷〉など情緒にとんだ秀句が歳時記の中に数多く挙げられている。葉に隠れて咲くこの花に触発された故郷とのかかわりがそこはかとなく読みとれるが、特に「中七」にこの句の面白さが秘められている。
雑詠-保坂リエ・選
一筋の風が稲穂を渡りけり
茨城 荒井栗山
私達国民の常食としてなくてはならないお米。故に全国至るところに水田があり稲が植えられている。作者は茨城の方。一歩外に出れば田んぼ、田んぼであろう。見渡す限りの稲穂に今「一筋の風」が渡っている。見たことのない都会人にも「一筋の風」が見えるような一句。
芒原道あるやうでないやうで
愛媛 徳永陽子
言えそうで言えない一句でありながらよく言えている。芒原と言えば誰もが見たこと歩いたことがあるような景である。特に道はない。が、一歩でも近道を歩きたいのが人情。芒原を斜めに突っ切る。恐らく誰しもそうするであろう。掲句、類句類想を離れ、虚をついた秀吟となる。
水中花うれし泪は見せぬもの
大分 佐藤佳津
「うれし泪は見せぬもの」なんと美しい言の葉であろう。誰にでも同じ体験はあると思う。女性に限らず男性も又甲子園球場等で優勝した高校生等も人知れずうれし涙をこぼすであろう。季語が動くという弱点もあるが「うれし泪は見せぬもの」。言えそうで言えない十二音。よかった。
雑詠-宮坂静生・選
月光を靡かせてゐる蛇の衣
島根 大島一二三
神秘的な光景だ。視覚的な対象を捉えた句ではなく作者の美意識を具象化した、虚無的な美である。生死を超えた美の本質を追求している。「靡かせてゐる」がいい。人間の誕生ではなく終末を暗示している。それは地球の終わり。これから人類はこんな虚無に堪えて生きねばならない。
七月の凍土太古の響めき
宮崎 星たみよ
北極圏へ真夏に訪れたのか、高山に残る凍土であろうか。「七月の凍土」の圧倒的な句材の迫力に心動かされた。崩れる音であろうか、「太古」を思わせる反響がする。豪快だ。地球の温暖化が進む中で凍土も崩落する。その響きは地球誕生時の混沌を思わせる。スケールが大きな句。
ちちははの働く背中茄子の花
兵庫 石田玲子
戦後私は働きづめの父母の「背中」を見て育った。どこの家も必死に働いた。空想より実のある衣食住に結び付くものを求めた。生きるに精一杯、これが人間を作った。余裕や遊びがないと今の若い世代から批判されるが働く中に遊びがあった。働いて「息をつく」、これが遊びだった。
兼題
今月の兼題…【風】
兼題-大高霧海・選
神風吹かず特攻かなし敗戦忌
三重 石田ひでお
原爆ドームの風化いたまし夾竹桃
埼玉 清水由紀子
死のことも虚子と清談風生忌
愛媛 境 公二
兼題-田島和生・選
爆風に耐へたる楠の影涼し
長崎 坂口かづさ
朝霧やかすかな風に牛にほふ
三重 ふじわら紅沙
月山の風に乾びし稲ぼつち
山形 鈴木花歩
兼題-田中陽・選
風化などゆめ許すまじ原爆忌
静岡 阿久津明子
モンゴルの風に吹かれて馬に乗る
三重 佐野萬里子
台風来雨戸の中のひとりの夜
鹿児島 孝湖
兼題-名和未知男・選
風の子といはれし日々や枯野道
福岡 森田孝子
風つかみ損ねては解く鷹柱
鹿児島 内藤美づ枝
風の盆風になるまで踊るなり
大阪 喜多てる子
兼題-能村研三・選
風をよび風を生みたる滝行者
神奈川 松井恭子
想像は無限のちから秋の風
石川 燕北人空
靡くものみな冬ざれの風抱く
北海道 小野恣流
兼題-森 潮・選
遠山へ風走りゆく青田かな
神奈川 正谷民夫
吹きおこる色なき風や草千里
鳥取 木嶋朗博
秋風や王子稲荷の火伏札
東京 針ヶ谷里三
兼題-山下美典・選
なまぬるき八月の風太田川
広島 谷口一好
風つかみ損ねては解く鷹柱
鹿児島 内藤美づ枝
台風一過大きな富士を残しけり
静岡 渡邉春生

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2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月| 1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
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2011年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
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