●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2015年9月号 ○
特   集
90代俳人ー私の俳句人生
後藤比奈夫、深見けん二、狭川青史、伊丹三樹彦、小原啄葉、下鉢清子、他
特 集 2
推敲のポイント、教えます!
山尾玉藻、津川絵理子、守屋明俊、望月周、石嶌岳
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、俳句の「読み」を読むー岸本尚毅、他
特別作品21句競詠
鈴木しげを、後藤立夫、坂口緑志
俳句界NOW
大高霧海
甘口でコンニチハ!
鈴木宗男(政治家)
魅惑の俳人 83
本宮哲郎
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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
遊ぶ子の影に力や風五月
大阪 秋山具輝
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
灯の入りて祭大きくなりにけり
千葉 原 瞳子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
月光をあふぐむささび研究会
神奈川 沼田樹声
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
出不精の吾へ麦藁帽子買ふ
神奈川 小泉由美子
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
開け放つ障子に解夏の風真直ぐ
大阪 小畑晴子
陰暦の七月十六日、安居の修行が終了することを解夏という。安居は夏安居とも呼ばれ、夏の 三ヶ月の間僧侶が遊行を休み、屋内に籠って修行する。修行が終わり大寺の障子を開け放った、 ほっとした気持が佳く描かれている。安居が終ると秋、秋風が真直ぐに入って来るところが佳い。
下下も下下下下下の鬼太郎の涼しさよ
京都 福地秀雄
小林一茶の句に〈下下も下下下下の下国の涼しさよ〉がある。それを本歌取りしたところが面白い。しかもゲゲゲの鬼太郎という人気者を利用したところが気がきいている。類句類想の句がしばしば問題になるが、この句は優れた本歌取り、或いはパロディとして評価されるべき作品。
ふるさとの五右衛門風呂の浮人形
大阪 田村昶三
故郷というものは素晴しいものである。故郷の家へ久し振りに戻り、しかも子供の頃入った五右衛門風呂に身を沈めたのであった。ふと見ると昔よく遊んだ浮人形があった。驚きと懐かしさが佳く描かれている。五右衛門風呂といい、浮人形といい役者が揃っているところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
麦秋や丘ごとに建つ天主堂
千葉 萱嶋定火虎
キリシタン迫害の時代を経て、今にその歴史の重みを伝え続けている長崎のような日本の風景を想像する。麦畑が初夏黄金に色付いて、その起伏の上にローマカトリックの教会が建っている。遠景では丘ごとに点在しているのだろう。自然の風景と超自然ともいえる風景の対比が美しい。
年輪の一輪育て花は葉に
福井 清水燕子門
どのような現象でも例えられるが、四季の移り変わりは一種神秘的なものがある。この句はそれを日本人に最も身近ともいえる桜の姿を通して語っているところに先ず親しみを覚える。それを花ではなく葉桜に着目し、又その木の年輪にまで深く洞察したところが新鮮な句となった。
卓袱台は家族の絆昭和の日
埼玉 曷川 克
筆者はどうしても卓袱台というと、子供の頃に見た野球を題材にしたアニメで、主人公の父親が、しょっちゅうその卓袱台をひっくり返して怒りを露にする、というものが思い浮かぶ。そんなシーンが却って家族の親密さに繫がるイメージで、季題が年代的にもしみじみと伝わってくる。
雑詠-茨木和生・選
銀行の金庫を閉めて年終る
東京 貝 啓
大きな銀行の本店ではなく、地方の支店での体験と見たい。十二月三十一日、一切の業務を終 えて、金庫の鍵を閉めた。そのことで、今年の業務を無事終えることができたという充実感を身 に受け止めている。珍しい素材であるだけに、「年終る」の季語の働きが重い。
やせ蛙汝が河鹿蛙とは
千葉 萱嶋定火虎
「やせ蛙」と来ると一茶の句を思い浮かべるが、ここのやせ蛙は驚きの目で作者が見たもの。 はじめて目にした河鹿蛙だが、思っていた姿とは違って意外にも瘦せていたのである。鳴き声を 耳にすることがあっても、その姿を目にすることは稀なだけに驚きが新鮮である。
分厚さが我が家の流儀初鰹
大阪 堀江信彦
戦中戦後の食糧難を体験した人なら、終戦日ならずとも出された食事を食べ残して平然として いる人をことのほか嫌がったに違いない。時代だからと日頃はそうやかましく言わない父だが、 父にとっての終戦日はまだまだ特別の日である。
雑詠-大串章・選
百歳に抱かれみどり児汗しらず
大阪 森田忠夫
みどり児は未だ苦労を知らず汗を知らない。そのみどり児を抱いている百歳の人は、さまざまな苦労を重ね、多くの汗を流してきた。その二人が今ひとつになって、現在只今の幸せを享受している。百歳の人の来し方を思い、みどり児の未来を思う一句である。
薔薇咲きて無住の家のなほ淋し
福岡 田中一とく
人が住んでいない無住の家は淋しい感じがする。庭に美しい薔薇が咲いていると、一層淋しさがつのる。かつて花を慈しんでいた人の優しい顔がうかんでくる。美しい薔薇を残して、主は一体どこへ行かれたのだろう。薔薇が華やかで美しいだけに無住の家が一層淋しく感じられる。
鯉のぼり絶滅危惧種にはすまじ
神奈川 安田直子
近頃は昔ほど鯉幟を見かけない。端午の節句が近づいても鯉幟が全く揚がらない地区もある。 この句、鯉幟を「絶滅危惧種」と言ったところがユニークである。絶滅危惧種は環境の変化や乱 獲によって全滅しかねない動物・植物のこと。青空に翻る鯉幟を絶滅危惧種にしてはならない。
雑詠-角川春樹・選
一山に谺の渡り新樹光
宮崎 岡本和子
初夏の太陽が降りそそぎ、若々しく伸びる木々のいのちを大きく捉えている。上五中七の「一山に谺の渡り」という措辞は、実景というよりも、新樹の生命力や膨張する力を抽象的に描いているのだろう。季節を謳歌する木霊の様子も伝わってくる。
聖五月全身の水を入れ替へる
東京 矢作十志夫
カトリックの聖母月に由来する聖五月という季語の本意本情を、自己の肉体に取り入れるような句意が面白い。人間の体の大部分は水分であり、生命を維持するうえでも欠かせない。聖五月の祝意を作者の全身で体現した、瑞々しい作品である。
アクセルを踏み込んで風光らせる
京都 笹下蟷螂子
実際に作者が自動車のアクセルを踏み込んだというよりも、春の季節感がいっきに深まってゆく様子を、比喩的に捉えた表現であろう。作者の体感する季節の推移が見事に作品化されている。
雑詠-岸本マチ子・選
母の日や九九では足りぬ母の齢
埼玉 柴田獨鬼
中七の「九九」がいい。八十一歳よりもっと上、あるいは九〇歳に近いのではないかと思う。 近頃は百歳の方が昔の何倍も居られるという事で、人々は驚かなくなっている。とはいえ「九九 では足りぬ」という哀感を戴く。
「おいでやす」新茶売り娘の赤だすき
神奈川 磯村昌子
柔らかな言葉使いに、まず癒される。「新茶」の香りが何となく匂ってきそうで、きりりとした「赤だすき」が止めを刺している。緑と赤の、眼にあざやかな感じが情景を際立たせている。
我武者羅にみんなが生きた昭和の日
埼玉 中島みつ子
「みんなが生きた」に同感する。あの頃はみんな「我武者羅」というか、形振りかまわず無我夢中で生きて来たように思う。昭和の日を振り返ると、よくぞ生きてここまでこれたと、今も思う。
雑詠-坂口緑志・選
やせ蛙汝が河鹿蛙とは
千葉 萱嶋定火虎
河鹿蛙は山地の渓流に棲み、夏ともなると雄が美しい声で鳴くので知られるが、その姿はあまり見られない。その姿を発見した作者の素直な述懐であろう。鳴き声とは似ても似つかない灰茶色の瘦せ蛙であったのだ。
百枚の代田に映る裏比叡
大阪 杉山睦
田搔きが済み、田植を待つばかりとなった百枚ほどの代田。そのどの代田にも、比叡の二峰が映っている。高野山と並ぶ霊峰比叡山が百ほども映っているのである。美しくも荘厳な光景である。琵琶湖もほど近いのであろう。
前世の蛙合戦記憶なし
北海道 武田悟
作者の前世は、蛙だったのであろうか。少なくともそう思ってみえるようだ。だが、今眼前の恰もいくさのような蛙合戦を目の当たりにして、前世でもあったであろう蛙合戦の記憶がないという。俳諧味あふれる作である。
雑詠-佐藤麻績・選
万緑の地べたゆるがす象の四肢
大阪 三木蒼生
夏。満目の緑である。象が存在する場所となれば、日本では「動物園」であろう。動物園での人気の一、二を競う象の立つ場所は広いスペースとなっている。象の一挙手一投足、その地べたを揺るがすようである、と目の前を詠まれた作品。万緑が象の存在をより大きく伝えている作品。
地を指せる指より甘茶一と滴
愛媛 玉井玲子
釈迦の誕生を祝す仏生会には、甘茶の中に釈尊の立像が据えられている。釈迦の一手は天を指し、一手は地を指す姿である。その地を指す指から甘茶が一滴落ちたと見られたのは勿論頭上から注がれた甘茶であろうが、その場に遭遇しての感動には、強いものがあったのであろう。
校庭の平らに広し夏休み
福岡 後藤禮子
校庭が平らであるのは当然であるが、生徒が誰ひとりも存在しない夏休みに見ると、その平ら で広いことに驚きがあるにちがいない。校庭とは生徒がいてこそあるべき姿を見せるものだと、 あらためて思った作品である。当り前を知ることに感動を覚えた作品である。
雑詠-高野ムツオ・選
みちのくのそのみちのくの緑雨かな
岩手 草花一泉
東北地方を指す「みちのく」は「みちのおく」が変化した言葉。文字通り、道の奥という意味である。それを繰り返すことによって最果ての地であることが強調される。そこに降り注ぐ新緑の雨。みちのくを褒め称える歌としての雨である。
老鶯やこれまでも過疎これからも
福井 木津和典
夏鶯の声が絶え間なく聞こえる、のんびりとした山深い村落であろう。この句は「これまでも」 「これからも」の対句的なリフレインが効果的だ。過疎が変わらず続くことの淋しさと、しかし、それでも集落が滅びずにずっと続いて欲しいとの願いが夏鶯の声となって響く。
海底に還らむと蝦蛄跳ね上がる
静岡 宮田久常
浜に水揚げされたばかりの蝦蛄であろう。網の中で勢いよく跳びはねる。うまそうでもあるが、作者は、その跳びように、蝦蛄の自分の住処に帰りたいとの願いを受け取ったのだ。泥の中こそが蝦蛄の生まれ故郷なのだ。命のさまを見つめるまなざしがはっきりと感じられる。
雑詠-辻桃子・選
飛魚や波高ければ高く飛び
群馬 深沢頼子
作者は船上にあって、飛魚が次から次へ海面に飛び上がっては遥か先に着水するのを見ていたのだろう。飛魚は低い波のときは低く海上を飛んで行ったが、たまたま高い波が来ると、その波を越えて飛んで行った。海上を飛ぶ飛魚を、ローアングルでとらえたような構図がよい。
次の世に虹かかるかと問はれけり
高知 田村乙女
作者の母上は本欄に何度も登場、昨年逝去された池蘭子さん。土佐の人で、生前は「はちきん」 と呼ばれ、親しまれていた。病の床の母から、これから行くであろう世に虹はかかるかと問われ た。美しい虹を何度も見た人でなければ言えない言葉だ。生前の見事な生き方がうかがえる。
蚊を打つや古書肆の棚を探りたる
神奈川 尾﨑千代一
インターネットで本を購入する場合もあるが、古書肆に出向き書棚を探り気に入った古書を求める楽しさにはかなわない。作者もその日、古書肆の書棚の前にいた。気がつけば蚊が唸っている。やおら蚊を打ち何事もなかったようにまた書棚を探した。古書好きの生態を垣間見るようだ。
雑詠-豊田都峰・選
麦秋や土偶の腰の豊かなり
埼玉 後藤清美
「土偶」は縄文時代の呪術的な人形の土器であるが、女性をかたどり、特に胸部や腰部が誇張 されている。生産神としての母神信仰と解釈されている。「麦秋」という雰囲気と大変よい組合 せと評価する。
万緑の山が引き合ふかづら橋
大阪 石川友之
「万緑の山」を主語としたことが、よい効果をあげている。吊り橋のある場所やあたりの風景が鮮やかに浮かび上がり、ポイントはそれらの中心に「かづら橋」を設定したことである。一幅の絵をかいて十分。
薔薇夕べ歌劇は悲恋もて終る
兵庫 本村幸子
「シェークスピアの四大悲劇」など、お話はやはり喜劇より悲劇の方が悲壮美というか心に沁 みるものがあり好まれる。ことに「歌劇」ともなると、一段と華麗になる。そこで「薔薇夕べ」 の組合せが響いてくる。
雑詠-夏石番矢・選
空に浮く虹の不安を彩が消す
神奈川 三枝清司
「虹」自身に「不安」があるとの把握は選者にとっても発見。他の二句は凡作で、作者には突 発的な一句。一見、観念的で不器用に見える俳句ですが、その暗示性は強い。すべての存在のあ る本質を、この一句は表現している。たとえ「彩」が一時的に消せても、「不安」は消えない。
全速力だと思ってた蝸牛
愛知 梅田昌孝
「思った」を「思ってた」に。暗示性の強い一句。ユーモラスで、かつ悲哀のにじむ秀句。他 の二句はまあまあの作。この句の「蝸牛」の錯覚、あるいは自惚れは私に、そしてあなたにもあ てはまる。「蝸牛」はふと目覚めて、これからどうするのだろうか。そういう連想をしてしまう。
愛(エーロス)の宿る糞なり鳥交る
北海道 塩見俊一
先月に続いての特選第三位。この作者には俳句馬鹿を超える教養があるし、主張もある。肛門性交は、哺乳類以前の、たとえば鳥類のエーロス。スカトロに堕ちないように、表現をこらえている。ギリシャ神話のエーロスは日本ではムスビ(産日、結び)。下半身ネタは初期俳諧の特徴。
雑詠-西池冬扇・選
作務僧に掃かれてゐたる落し文
和歌山 川口 修
句の面白さは「配合」にある。配合は二句一章だけのものではない。作務僧の作務(作業)は 修業の一部である。「落し文」を小鳥の恋文と呼ぶ地域もあるらしい、やはりどことなく艶なる 名称だ。その「落し文」を禅の修行僧が掃いている。一句の中の配合も新たなイメージを生む。
メーデーや左右で違ふ靴の減り
東京 横田眞理子
二句一章は「配合」の妙が命。「左右で違ふ靴の減り」という句は靴の減り具合の違いを発見 したという句意であるがメーデーで行進する往年の労働者がイメージとして沸き上がる。またさ らには左右という言葉の象徴性から、昨今の情勢を憂き世と苦笑いするシニカルな顔さえ浮かぶ。
草いきれ鋭き音の鹿の罠
東京 藤井和子
「草いきれ」は茂る夏草とともに嗅覚や皮膚感覚までイメージできる季語。この句は「草いき れ」と「鹿の罠」という提示態の配合であるが、主役は「鋭き音」。「草いきれ」で提示された雰 囲気を鋭く切りさくような罠の音、しかもそれは鋭い鋼鉄の歯が閉じる音。感性的な鋭さが光る。
雑詠-原 和子・選
著莪の花諸将大義をもて敗れ
福岡 池上佳子
空前の城ブームの昨今、地域の活性化に一役買う城の存在は大きい。それぞれの城のもつ歴史的な背景が実に大胆にいいとめられている。何故著莪の花が置かれているかだが、城によく見掛けるこの花は非常に雨を吸い込むので、その泥濘は石垣の要塞を更に登り辛くしていたとされる。
母の日の庭石暮れてゆきにけり
大分 大塚あつし
「母の日」は、思いがいろいろなかたちで詠まれるが、カーネーションなど大体決まったとこ ろに落ち着いてしまう。そうした諸々を一つ一つ消していき、思いの焦点を「庭石」に絞った。 母の面影をそこに置いたのであろうか。簡潔な短詩型の魅力を今更にこの句から味わってみた。
啓蟄や夜明けを急かす街の音
愛知 加賀ひさし
啓蟄は二十四節気の一つで、太陽暦では三月六日頃。冬ごもりをしていた虫が土の中から這い 出てくる。歳時記には実に多くの生きものが「穴出づ」に列挙されている。この啓蟄に触発され るかのように人もまた動き出す。季節に順応する夜明けの街の音に、自ずと新鮮なポエムを感じる。
雑詠-保坂リエ・選
母の日やいつしか見守られてをり
東京 坂原キイ
幾つになっても母は母であり、子は子である。子が五十代、六十代になっても、母は幼児を見 るように我が子を見つめている。「いつしか見守られてをり」と、作者は素直に現在の心境を一 句になさった。読者も又大きく頷く。母子の情は深くなるばかり。優しく思いやりのある一句。
傷つくも癒すも言葉薔薇香る
神奈川 山中 萌
言葉ほど難しいものはない。うっかり良かれと思って話した事が相手の取り様によって逆の場合がある。怖い。今、薔薇の香りを楽しんでいる作者の一人の世界。日頃の心に残ることが不意に思い出される。あんなこともこんなことも、自由に明るく無邪気に薔薇の香りを楽しみながら。
父の日が済みていつもの父となる
大阪 菅野 強
父の日は六月第三日曜。母の日にはカーネーションが並ぶが父の日はさほどでもない。作者は家族からお祝いを受けたのだろう。ネクタイのプレゼント、何時にない豪華な夕食。華やかな一日が終わり今日は何時もの父となった。華やかな昨日の一日を過去に「いつもの父となる」のだ。
雑詠-宮坂静生・選
花屑のアウシュヴィッツへつづくかに
埼玉 荒川清司
花筏の連なりがナチスの強制収容所が置かれたアウシュヴィッツまで続くようだと幻想。そこ に犠牲者への悼みが、戦争への拒否・告発があろう。花屑で戦争犠牲者を悼んだところが秀逸。 表現は当然オーバーになる。リアリズムではない。思想が出ている点に決断がある。そこがいい。
地獄より筍伸びて来るごとし
石川 燕北人空
筍の弾丸のような黒ずんだ形は地獄からこの世に送られた不思議な贈り物といった感じ。地獄とこの世とのメッセンジャーを筍が司るという発想が面白い。地獄の灰汁をたっぷり吸収して手に負えない代物かと思えば、さに非ず。筍は珍味。地獄とて伝承ほど嫌なところでもないのかも。
町に出れば詩は緑なす修司の忌
東京 渕上信子
寺山修司の言葉を踏まえ洒落た句柄だ。「詩は緑なす」とは浮き浮きするようなロマンを秘め て歌謡調。寺山を悼む句として同世代の共感があるのだろう。今回、修司忌の句が多かったのは、 戦後七十年の節目に自らの青春回顧を重ねて見果てぬ夢を愛惜する者が多いことが了解される。
兼題
今月の兼題…【田】
兼題-大高霧海・選
眉で泣く隅田の狂女梅若忌
東京 矢作十志夫
消えゆける奥の風流田植唄
福島 星野みつ子
百万石ぶりとは能登の青田にも
石川 今村征一
兼題-田島和生・選
水田ゆく光の帯と見れば蛇
愛知 山口 桃
筑波嶺の雲ひとつ浮き田螺かな
東京 辺見狐音
小噴火続きて阿蘇や田草引く
熊本 加藤うゐ
兼題-田中陽・選
過疎の村泥田土俵に女相撲
鹿児島 宏洲 弘
授業中耳には父の田植唄
長崎 山本雅子
田を植ゑて夕餉の遅き灯をともす
滋賀 森ふみ子
兼題-名和未知男・選
万緑の季語不滅なり草田男忌
北海道 塩見俊一
ほつほつと賢治の里の田水沸く
東京 徳原伸吉
田水引く我はカインの裔ならん
兵庫 木村美智子
兼題-能村研三・選
秋のこゑ尋ねて田端文士村
東京 鈴木眞由美
田水張るすなはち命明かりかな
山口 棟近ミチ子
田を植ゑて村鮮しくなりにけり
千葉 原 瞳子
兼題-森 潮・選
老鶯のこゑよく透る猿田彦
兵庫 森山久代
田水引く我はカインの裔ならん
兵庫 木村美智子
丹田に入るる力や雲の峰
埼玉 髙橋牛蒡
兼題-山下美典・選
田植機を下り老人に戻りけり
茨城 林 秀峰
田を植ゑて腰曲がりたるまま帰る
愛媛 徳永陽子
口笛も音痴でありぬ青田風
兵庫 井上徳一郎

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