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●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2015年6月号 ○
特   集
芭蕉一門とその後
芭蕉をとりまく人々/芭蕉と弟子達/芭蕉一門とその時代 他
特   集 2
発掘!わが郷土の俳人〜中部編
特別作品21句競詠
戸恒東人 稲田眸子 水田むつみ
俳句界NOW
三村純也
甘口でコンニチハ!
田中康夫(作家、元長野県知事)
魅惑の俳人 80
鈴木鷹夫
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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
若草に巨大なコロナ山焼けり
滋賀 秋口大門
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
不発弾まだ埋もれゐて菫濃し
東京 横田眞理子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
夢殿の遠くに独り耕せり
大阪 中家桂子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
春風やなにもしないで好きな椅子
埼玉 新井圭三
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
年の豆三枝の礼に攫はるる
群馬 北爪秋峰
「三枝の礼」という言葉が面白い。「鳩は礼譲の心があり、親鳥のとまっている枝から三本下 の枝にとまるということ」(広辞苑)とある。三枝の礼で下の枝にとまっていた鳥が地面に降り 易く、年の豆をさっと攫ったのである。三枝の礼の示す孝道の逆に行動したと見た所が面白い。
朝市のいきなり能登の時雨かな
長崎 高橋栄美子
能登半島の町、例えば氷見の朝市に行ったのであろう。能登の朝市だというので楽しんでいた ところ急に雨が降ってきた。時雨である。でも京都や奈良の時雨とどこか違う。海に近い能登の 時雨だと、楽しんでいるのである。「いきなり」はそのような驚きと喜びが佳く表現されている。
バス停に潮見表あり春の雲
沖縄 前田千文
バスの停留所の表示板に時刻表と並べて潮見表が貼ってあったのである。このバスの路線に潮干狩に適した浜辺があり、そこへ行く人々に便宜を与えるためであろう。潮干狩そのものでなく、潮見表に着目したところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
大銀杏あらばと思ふ実朝忌
神奈川 正谷民夫
この大銀杏は、御存知の通り、神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮に聳え立っていたところが、 先年大風で倒れてしまった。八百年前後の樹齢があり、源実朝暗殺の歴史的舞台であったことも 有名であるが、季題を通して、その銀杏を偲んでいる作者の心持が優しく伝わってくる。
小流れのくるりと回す落椿
福岡 岡本鞆子
果たして全部に当て嵌まるかどうか定かではないが、椿が地表や水面に落ちる時、殆どが上を向いているのではないかと最近気づいた。何か未練を残して散っているような感じもするが、この句の落椿も天を仰いで、水面をくるくるまわっているような景が、生き生きと伝わる。
鞦韆の富士を飛び越す高さかな
静岡 長谷川尚美
鞦韆、つまりぶらんこを漕いでいる姿であるが、誠に春らしい撥剌とした動きを感じる句である。富士山の見える絶景の場所も相俟って、ひたすら美しい景色の中で鞦韆を勢い良く漕いでいる。この頃、つまり春の模糊とした富士山の姿との対比も美しく目の前に拡がってくる。
雑詠-茨木和生・選
消えゆくは地べたの遊び良寛忌
東京 宇野八重子
私の旧作に〈正月の地べたを使ふ遊びかな〉という句がある。もう六十年以上も前のことだが、べったん(めんこ)やラムネ玉を使った遊び、独楽回し、手毬つき、石蹴り、缶蹴り、釘差しなどと地べたを使ってよく遊んだ。良寛忌は旧暦の一月六日、正月の地べたを使う遊びも消えた。
雛の客宿題持つて来たりけり
石川 かくち正夫
雛祭に招かれた高学年の小学生だろうか。地べたを使う遊びが消えていくばかりというのにも寂しさを覚えたが、招かれた雛祭の場にも宿題を持ってきたとは。もちろん一緒に宿題をしようという誘いもあったのだろうが、それにしてもこの現実はなんとも寂しい。
梟のまわりふくろう色の闇
北海道 中 悦子
梟は夜行性の鳥だから、濃い闇の中でも餌となる小鳥や鼠などの動きもよく見えている。人間は梟の止まっている樹を知っているから、この闇の中のどこに梟がいるかは分かっている。その梟の周りの闇を「ふくろう色の闇」とはよくも言ったものだと感心すること頻りである。
雑詠-大串章・選
引揚船着きし埠頭に春の蝶
京都 大谷茂樹
太平洋戦争終結後、外国から多くの人々が引揚げて来た。そこには両親の骨壺を胸に抱いた少女やシベリアに抑留された夫を残してきた若妻もいた。帰国の喜びと悲しみが交叉した埠頭に今は長閑に蝶が飛んでいる。私は旧満州から引揚げてきたが、豆の花が咲いていた事を覚えている。
牛飼ひの若き夫婦や冬帽子
山形 森谷一芳
若い夫婦が冬帽子を被り白息を吐きながら、ひたすら牛の世話をしている。黙黙と働くその姿 は健やかで頼もしい。考えてみれば、この健やかな光景も、世の中が平和であればこそである。 一旦戦争が始まり、若い夫が戦場に駆り出されたら、この幸せは一瞬の内に吹き飛んでしまう。
石に貌あると石工や竜の玉
愛媛 玉井玲子
石には貌がある、と石工が言う。ベテラン職人の言葉だけに、その言い方には説得力がある。 すぐれた石工たちは山野や渓谷の多くの石の中から、これぞという貌を見出し、試練の技をふる って一層その貌を際立たせるのだろう。さり気なく置かれた季語「竜の玉」が微妙に効いている。
雑詠-角川春樹・選
大方は凡夫に老いて花大根
奈良 宮武孝幸
大根は古くから親しまれる身近な野菜の一つ。食用とは別に、種を採るため花を咲かせる。句意としては定年を過ぎてセカンドライフを迎えた男たちのペーソスが詠まれている。かつてのライバルや青雲の志を抱いた仲間たちの矢のごとく過ぎさった光陰を花大根が優しく抱擁している。
初燕人と逢はざる日の暮るる
長崎 高橋栄美子
詩の根源のひとつには、寂寥感がある。掲句では、取り立てて誰にも逢う用事がなかったという平凡な一日の感懐を、端的に作品化している。海原を越えて飛来する燕を発見した喜びを、上五「初燕」として据えることで、一句に抒情をもたらしている。
木の芽風母の手紙の誤字二つ
千葉 松本美智子
母親から手紙が届いたという、生活感のあるあたたかい作品。母の手紙は、草木をわたる春風のように作者には思われたのであろう。文面に見つけた些細な誤字ではあるが、巡り来る季節の推移の一方で、齢を重ねてゆく母親への慈しみが描かれている。
雑詠-岸本マチ子・選
飴細工売る春風のまがり角
大阪 阿久根良一
飴細工、大変なつかしい。あっという間に狸や狐が飴と小さな和鋏で出来てしまう不思議を、 何度見た事だろう。今もこの様な人達の居られる事がとても嬉しい。何となく遠慮したような、 はたまた彼の世と此の世のまがり角ともとれる「春風のまがり角」が、なんとも秀逸です。
蓋取れば五右衛門風呂に春の月
千葉 須崎輝男
この「五右衛門風呂」は屋根のない野天風呂か。いかにも野性味を感じさせる様子に、そういえば底板を踏んで下に沈め、入った事もあったなと遠い昔を思い出す。そんな時、蓋を取れば思い掛けなくポッカリと浮ぶ春の月。気持がほっこりと和む。やはり春の日がいい。
合掌村にこきりこの唄春を待つ
千葉 三木星音子
日本の民族楽器、小切子。長さ二十〜三十センチの竹棒を両手に持ち、打ち鳴らして唄ったり踊ったりするもので現在は富山県五箇山地方などに残っている。いかにも鄙びた哀調のある唄が、一度聞いたら忘れられぬほど惻惻と胸を打つ。厳しい冬を凌いできただけに春を待つ心が強い。
雑詠-坂口緑志・選
捜し得ぬ寒の土筆や茅舎なく
福岡 入江壽彌子
川端茅舎の句に〈約束の寒の土筆を煮て下さい〉がある。寒の土筆が滋養になると言うので、 句会に来ていた方の夫人と、寒の土筆を採って来てもらう約束をしたのだ。掲出句の作者は、そ んな寒の土筆を探したが見つからなかった。今は茅舎もなく、尋ねることも叶わないのである。
雁帰るカールブッセの空とほく
東京 池本一軒
秋、日本へ来た雁が春、北へ帰って行く。カール・ブッセが『山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ』と詠った北の空へ帰って行くのだと作者は思う。あるいは、そう願っているのかも知れない。旅立って行く雁へのやさしい眼差しとロマンが感じられ、心にしみる作品となった。
読みさしの本に躓く多喜二の忌
東京 岩田知子
作家小林多喜二は特高警察による拷問を受け、昭和八年二月二十日、二十九歳で亡くなってい る。途中まで読んで置いてあった本に躓いた作者は、その日が多喜二忌であることに気付いた。 因果関係はないはずだが、多喜二の亡くなった日に躓いたという不思議を思うのある。
雑詠-佐藤麻績・選
木琴のやうな吊橋木の芽風
愛媛 堀本芳子
所謂、見立ての句である。「吊橋」はよく木製のものを見掛けるが、その並べられた形を「木琴」と見たのである。「木の芽風」によって遠景を捉え、メロディーが聞こえてくるような作品となっている。
折紙を春の色から折つていく
長崎 田上喜和
折紙の重なりは一体どういう順なのか。虹の配列なら赤・橙・黄・緑・青・藍・紫となるが、 ここに濃淡も加わるとより豊かになる。春待つ心は、最も時を得た色から折ることになるのだろ う。その心理を明解に表現された楽しい作品。
岸離る薄氷のごと兄逝けり
栃木 石井 暁
岸近い場所には薄く氷が張っている。それを目にした時、今までの人生でどれ程大切だったか知れぬ兄が、自分とは異なる彼岸へ逝ってしまった。このことはまさに薄氷が岸を離れたような静かさである、と惜別の一句を詠まれている。
雑詠-高野ムツオ・選
歩くこと夢見るこけし春の雪
大阪 吉丸照司
こけしの丸い頭に愛らしい顔、それに円筒形の胴体は、まだ歩くことができない女の子のイメージがある。そんなこけしが、自由に歩く日を夢見ているというのが掲句。今年の春には歩き出すかも知れない。折からの雪に作者もそんなことを夢見ているのである。
初夢を聞かれほほえみ返すのみ
東京 牛込君江
微笑んでいる高齢の女性の面差しが目に浮かぶ。初夢の中身を忘れたのではないことは、その様子からも明らか。誰にも話さず大切にしまっておきたい夢なのだ。その内容も余計な詮索は無用であるだろう。新年のめでたさも加わる。
百年はみんな生きさう日向ぼこ
埼玉 田村みどり
つい最近まで、百年の長寿は、めったに叶うことのない願望であった。しかし今日、十分なリアリティを持つから不思議な気分にさえなる。ただ、この句はそれを単に喜んでいるだけではない。どこかに揶揄も含まれる。それが、この句の味わいともいえよう。
雑詠-辻桃子・選
雛の客宿題持つて来たりけり
石川 かくち正夫
三月三日の桃の節句の日、段飾りの雛人形が飾られた雛の家に、子供たちが雛の客として招かれた。そのとき学校で出された宿題を持参してきたのである。ひとしきり遊んだあと、招いた子と一緒に宿題をやるのだろう。雛の客と宿題の取合せが、いかにも現代的でたのしい。
料峭や飛脚の如き千切れ雲
埼玉 曷川 克
「料峭」は春浅い頃の寒さ。晴れてはいるが風のある空模様だろう。飛脚のような形をした千 切れ雲が、空を渡っているのである。「飛脚の如き」という比喩が意表をつく。〈非常口に緑の男 いつも逃げ 田川飛旅子〉の、逃げる男のような形の雲だったかもしれない。
春日傘通りまで出て開きけり
福岡 上野 威
夏であれば、ぎらぎらとした日差しを少しでも避けるために、玄関を出るやいなや日傘を開く。それを通りまで出てから開いたというところに、春日傘らしい情趣がある。明るい陽光と華やかな色彩の春日傘が目に浮かぶ。何気ない無意識の行為を一句に掬い上げたところがよい。
雑詠-豊田都峰・選
長生きといふ一人芸梅二月
大阪 三木蒼生
「長生き」は運命ともいうが、やはりその人の生き方による。健康に気遣い、食べ物に気を遣 う。まさしく「一人芸」とはうまく言ったものである。「梅二月」の設定がまたよい。いろいろ な面で一番気遣うことが必要な頃であるから。
風に鳴る絵馬のひづめや梅ふふむ
埼玉 田坂泰宏
「絵馬のひづめ」まで持ち出したことを手柄とする。常は山に居られる神が降りてこられるの に馬が必要で、そのために立派な馬を奉納する心が「絵馬」である。そのひづめの音は、また春 を呼ぶ音でもあろう。「梅ふふむ」の設定がかなっている。
折紙を春の色から折つていく
長崎 田上喜和
春を待つ心の具体的な表現としていただく。いろいろな形で表現されてきたし、また今後も表 現されていくだろうが、「折紙」の色を用いたところに感覚があるとする。いろいろなことに挑 戦するところに俳句の楽しみがある。
雑詠-夏石番矢・選
遠火事の音と映画のやうな雨
新潟 とっこべとら子
他の投句「きさらぎのナイフ刺されて目覚めけり」を含め、それなりの力量の持ち主。「音」 と「雨」の並列だけで一句を構成したところがいい。老いの愚痴を書き流した投句の氾濫のなか 際立つ。「映画のやうな雨」はモノクロの雨だろうか。この一句は茫漠とした不安を詠んでいる。
春塵の街新しき肩ばかり
大分 金澤諒和
この一句では「肩」ということばがとても突出し、生きている。選者は春埃が顕著なモンゴル から帰国したところ。「肩」は人や事物すべての肩。新しいすべての「肩」に「塵」が降る。「塵」 をかぶりながらも、あらゆる「肩」は生き生きとして、「街」の光景にアクセントを付ける。
蘖る千の影から千の光
神奈川 大木雪香
この世の「影」と「光」の表裏一体、あるいは交代を的確に端正に表現した秀句。樹木の「蘖」 とは、そういう劇的事実が起きるしるし。「千の光」が生まれるためには、「千の影」が必要なの だろう。作者の信念もこめられている。
雑詠-西池冬扇・選
春隣となりの猫は母が好き
長崎 髙木幸子
読むとリズミカルである。トナリという音の繰り返しがここちよい。また「春」と「母」の韻 も明るく響く。句意も暖かな感じがあり、ほほえましさが読む人に伝わる。句の構造では「春隣」 という題と中七・下五の述の部分の配合に、トナリという音が一種の融合感を与え新鮮な技法だ。
絵踏してわれは容易く転ぶらむ
愛媛 境 公二
踏絵・絵踏は江戸時代には春に行われたので春の季語として残っている。現実感がない分、長 崎の異国情緒や「邪宗門」の大正ロマン的雰囲気すら漂わせる。掲句は踏み絵をする人間の側に 自己を投影したところが新鮮。「コロビ(転向)」という、思想的つぶやきを成功させている俳句。
踏青や鉄板入りの作業靴
神奈川 堀尾一夫
鉄板入りの作業靴がポイント。危険な労働現場ではつま先に鉄板の入った作業靴を履くことが義務付けられる。何トンもの物体がつま先に落ちても潰れることはない。それだけ頑丈で重たい。青々と芽生えたばかりの草地に踏み込む、それだけのことしか作者は語らない。俳句の配合の妙。
雑詠-原 和子・選
地球儀に戦なき春探しけり
神奈川 国吉允子
地球儀を廻すと、そこには青い海と大国、小国にかかわらず様々な国が網羅されている。四季に恵まれた日本の風土の春は厳しい冬から解放され穏やかな日和となる。その春を平和の象徴と捉えた祈りの一句。祈るとは願うにあらずということもあるが、祈り続けなければならない。
あたたかや猫と肝胆相照らす
愛知 山口 桃
「肝胆相照らす」という故事成語が実に面白く使われている。句の構成は「あたたか」の季語に集約されるが、猫は飼われてもどこか勝手な気儘さがあり、ある意味野性が残っている。そこが猫好きには堪らない。しかし、その猫も飼い主と心の底から許し合える親しい仲となった。
青垣のやまとに余生委ねたる
奈良 進藤美保
古事記に、「大和は国のまほろばたたなづく青垣山ごもれる大和しうるはし」と記されている 青垣。作者は奈良在住の方なので、実景として受けとめられているのであろう。残る生と、委ね るに価する青垣。作者のみならず、この国を囲む自然の美しさを再認識してみたい。
雑詠-保坂リエ・選
胸裡を過ぎる寂しさ虎落笛
神奈川 高橋寛子
「虎落笛」が切ない。その夜作者の胸裡を過ぎるもの、両親の他界、身内の他界等々。昨日のことのように思い出され寂しい。十七音、一言一字大切に積み上げ見事。作品の玲瓏たる面立ちの奥にひっそりと用意された作者の気働きが大きくものを言っている。心に沁みる力のある作品。
冴返る歯科医のたてる金属音
東京 藤田敏子
掲句を詠んでその場を理解出来ない人は居ないと思う。歯科医には悪いが嫌なものだ。季語「冴 返る」が複雑に効いてうまい。「生かすも殺すも季語次第」というが、「冴返る」は出そうで出ない。下五の「金属音」も時間をかけて出た五音。言えそうで言えない秀句。
消えゆくは地べたの遊び良寛忌
東京 宇野八重子
昨今、あまり使われていない言葉「地べた」も「良寛忌」故にすんなり秀句となる。昭和の初 期には、石けりという遊びが流行していた。石けりは、「地べた」に蝋石で丸を書いたり三角を 書いて遊ぶものである。蝋石とは現代の黒板に書く白墨のようなもの。「良寛忌」が効いている。
雑詠-宮坂静生・選
枯野原ゆく宙をゆく大地ゆく
東京 戸井田英之
冬の広大な枯野原を彷徨った感慨を自然に解放した素直な句。小さな自我に拘らないで気持を 開いているのがいい。「宙をゆく」と茫漠たる思いから、「大地ゆく」と地を踏みしめた感慨に戻 る転換が見事で、ただ大きな宇宙観を叙した空疎な句とは違う。俳句哲学がしっかりしている。
紅梅は饒舌白梅は寡黙
福岡 西住三惠子
好き嫌いではない。梅の花がもつ感覚的な印象を対比した。古来、梅は花の王であり人間世界 のあれこれを連想させる知恵が引き出せる。紅梅の艶やかさは煩いほどに見る者に語りかける。 反対に白梅は静謐。黙っている。却って見つめる者が無限の思いを心中に掻き立て自己陶酔する。
わが命我にあらざり春の雪
大分 大塚あつし
自分の命だが自分の自由になるものではない。神様のものとはいわないが、自然のもの。昔の 人は天命といった。なるほどと思う。折から春の雪を見る。自分と無関係ではない。森羅万象、 目に見えない糸で繋がっている感じ。その中に命がある。齢をとると命の不思議を実感する。
兼題
今月の兼題…【夜】
兼題-大高霧海・選
霜夜のテレビ臨場強ふる遠きテロ
愛媛 境 公二
亀鳴くや夜ごと余生の死を想ふ
広島 別祖満雄
夜のふらここに星の子乗つてをり
京都 名村柚香
兼題-田島和生・選
働いて来れば夜の梅よく匂ふ
神奈川 土生依子
煌々とボクシングジム夜の雪
神奈川 堀尾一夫
単眼のライカに夜の桜かな
茨城 加藤そ石
兼題-田中陽・選
人の世に夜叉の狂乱冴返る
石川 燕北人空
三月十一日夜明けは近い
愛知 梅田昌孝
朧夜の書斎に月と二人きり
滋賀 北村和久
兼題-名和未知男・選
春の夜や母の遺しし歌一首
埼玉 曷川 克
春の夜や復習ふも久し山家集
福岡 井上アサ子
評伝の序章しづかに夜半の春
愛知 桑原規之
兼題-能村研三・選
地吹雪の夜を怯えず土着の灯
北海道 小野恣流
原発忌夜の朧の重きこと
福島 戸田英一
白桃のするりと剝くる夜の孤独
長崎 青木のり子
兼題-森 潮・選
肉厚の赤きパプリカ熱帯夜
静岡 遠藤惠子
夜桜や小さき母がまた小さく
滋賀 北村ひとし
夜ざくらや花に待たるる心地して
神奈川 高橋梨華
兼題-山下美典・選
雪しんしん真夜に梁哭くといふ
福井 木津和典
漕ぎ出して一人夜舟のあなご釣
東京 宇井偉郎
長き夜術後の妻の寝息聞く
東京 鶴田幸男

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2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月| 1月
2015年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
2014年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
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2012年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月1月
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