-俳句界 2014年 07月号-


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●A5判  ●定価1,000円



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俳句ボクシング・今月のチャンピオン
俳句ボクシング・今月のチャンピオン【赤コーナー】
春宵や男の好きな江戸切子
徳島 錦野斌彦
俳句ボクシング・今月のチャンピオン【青コーナー】
海霞む防人の歌妹を恋ひ
兵庫 森山久代
雑詠
雑詠-有馬朗人・選
円墳や四方に磐井の国の野火
福岡  洞庭かつら
「磐井」は豪族、筑紫国造(くにのみやつこ)のことであり、六世紀後半大和政権に対して叛乱を起こした。福岡県八女市にある岩戸山古墳は磐井の墓といわれる。その円墳の周辺の村々で野焼が行われている様子がいかにも磐井の乱の戦火のように見えて面白い。筑後の野火の勢いがよく描かれている。
モルダウ聴くプラハ茶房の冬すみれ
神奈川 磯村昌子
プラハは言うまでもなくチェコ共和国の首都、モルダウ川はヴルダヴァ川のことである。プラハはモルダウ川の港であり、交通・文化の中心地である。そのプラハの茶房でモルダウ川の流れの音を聞きながら、冬すみれを鑑賞している旅人の姿が描かれている。旅愁を感じさせる句である。
百合が香や棺に一つの覗き窓
愛媛  三原青果
棺に納められた死者に、百合の花を沢山投げ入れた後、おもむろに蓋をかぶせる。いよいよ最後の別れをしようとしている。その時棺に開けてある一つの窓から死者を覗き、死者も生者に別れを告げるのである。生者と死者の別れの瞬間をよく描いている。
雑詠-伊藤通明・選
涅槃図を僧八人で捲きにけり
大阪  春名 勲
「僧八人で捲き」とはどのくらいの大きさの「涅槃図」なのか。八人の僧はそれぞれの持場を守って、ていねいにゆっくりと捲き上げておられるのだろう。来年の公開まで大切にその寺で保管されるにちがいない。眼前に拝見した僧八人で捲き上げられた驚きの様子が伝わってくる。
紅梅に佇ち白梅に歩を移す
神奈川 鈴木代志子
大勢での梅見ではなく一人でゆっくりと、馴染みの梅を楽しんでおられるのではないか。「佇ち」という措辞から想像される。艶の「紅梅」から、清の「白梅」へと歩みを移されたことも頷かれる。観梅などは本来このようにゆとりをもって行いたいものである。
花の宴やがて校歌となりにけり
千葉  三木星音子
気心の知れた仲間と今年も例年のように花見を行い、歓談の最後はやはり「校歌」だ。揃わないかもしれないが歌うことによって絆は、益々深まっていく。これからも仲間のある限り同窓会は続けられることだろう。「やがて校歌と」という中七がこの宴のすべてを言い表している。
雑詠-茨木和生・選
龍太忌のあと紅梅の深空あり
茨城  國分貴博
飯田龍太の句集『山の木』の代表句、〈白梅のあと紅梅の深空あり〉を踏まえての作。龍太忌は二月二十五日だが、この忌日後のとある日、紅梅の美しく咲く甲府盆地を思い遣っての一句として称えたい。龍太の句の「白梅」を「龍太忌」に置き換えただけだが、私はよしとする。
太々と兜太の墨書あたたかし
福岡  井上アサ子
作者は金子兜太の黒々と墨書された署名の入った句集を持っているのかも知れない。力強く墨書された兜太の字は、それを見ているだけで勇気を与えられるように思える。「あたたかし」は時候の季語だが、それだけでなく兜太の人間のあたたかさにも通っている。
啓蟄や海峡泳ぐ猪のゐて
愛媛  武田友子
海を泳ぐのは猪だけでなく鹿もいるが、作者は海峡を泳ぐ猪を眼前にしたのである。それが海水も少しは温んできた啓蟄の頃であったという。猪は海峡を泳ぎ、島にでも渡って新しい餌場を求めたのであろう。放置された蜜柑山に猪が跋扈(ばっこ)していることを聞いたことがある。
雑詠-大串章・選
敗戦後いのちながらへ土筆摘む
奈良  中川草汀
太平洋戦争が終わってから七十年近く経つ。戦中戦後の住宅難や食糧不足など、国民の生活は極限状況にあった。そうした困難困苦に耐え、今日まで生きてくることができたのだ。そして今、こうして春の野に出て「土筆」を摘んでいる。命の尊さを思わずにはいられない。
卒業す民族衣裳それぞれに
神奈川 英 龍子
多くの国から留学生が来ている学校であろう。卒業式ともなれば自国の民族衣装を着て集まる。チャイナドレスの中国女性、サリーを纏ったインド女性も居る。そうした中に、和服姿の日本女性や紋付羽織袴の日本男性も居るであろう。国際化時代を象徴する華やかな卒業式である。
朝靄の風土記の里に初音かな
大阪  杉山 睦
風土記の里には古墳があった神話や、創立年代も詳かでない古い神社があったりする。その「風土記の里」に朝靄が立ち込めている。と、朝靄の中から鶯の初音が聞こえてくる。美しい声である。遥か大昔の人たちも、こうして鶯の声を聞いたかと思うと感慨深い。
雑詠-角川春樹・選
金印の出でし島より初音かな
長崎  髙木幸子
「金印の出でし島」とは、志賀島のことが想起される。掲句の眼目は、「金印」の様子と「初音」の取り合わせにある。「金印」をもってきたことで、読者の内で再生される「初音」も金色を帯びて来る。歴史的事象を生かした佳吟。
逝きし子の名前も呼ばれ卒業す
大分  金澤諒和
在学中に亡くなってしまった子どもにも卒業証書がおくられたということが、報道などにも見られる。夭折した学童を悼む「卒業」の一句に、胸を打たれた。
朧なり月の砂ある研究所
神奈川 土生依子
朧については、従来、「朧月夜」なども俳句に詠まれてきた。そのことを踏まえて、「月の砂」という切り口をもってきたところが新鮮である。古典を踏まえた現代の一行詩であろう。
雑詠-辻桃子・選
蛇穴を出づるどさりと音立てて
大阪  三木蒼生
土の中で冬眠していた蛇は春になると地上に姿を見せる。冬眠から覚めたばかりの蛇は、動きも遅くぎこちない。その蛇は穴を出てきて伸び上がり「どさり」と音を立てて落ちたのである。その場面をたまたま作者は見たのだ。めずらしいところを句にして、臨場感がある。
立子忌や食卓に置く本とペン
愛媛  堀本芳子
高濱虚子の次女である俳人星野立子の忌日は三月三日。女性として初めて主宰誌「玉藻」を創刊した。虚子は「写生といふ道をたどつて来た私はさらに写生の道を立子から教はつた」(『立子句集』序)と述べた。「食卓に置く本とペン」は立子の作風によく合っている。
鷲掴みして雫切る水菜かな
大阪  吉田 喬
水菜は壬生菜。関東では京菜と呼ばれる。漬物にしたり、煮物やおひたしにしたりする。水で洗い水切りをしたとき、抱えるほど株の大きいこの菜を鷲掴みにしたのである。そして作者はふと「鷲掴み」という言葉や漢字の面白さに気づいた。「鷲掴み」とは言い得て妙。
雑詠-豊田都峰・選
慰霊碑に紙雛ひとつ沖を向き
福島  松坂一生
東北の大災害に係わる作品であろうが、より普遍的な態度で詠っている。「沖」に向かって鎮魂の祈りがある。誰にでも折ることが出来る「紙雛」というものを通してのそれがよい。「ひとつ」ではあるが、多くの思いを託された「ひとつ」である。
抽斗を閉めて暮春の旅終る
埼玉  川島 盈
ポイントは「暮春」である。待ちに待った春も、いろいろな思いをさせて暮れてゆく。そんな春の思いも、またそれ以前の思いも、さらにはこれからの事も詰まっているのが「抽斗」である。それを開けてのひとときが「暮春の旅」であるとは洒落ている。
一本の釘打つ音や受難節
広島  谷岡 久
「受難節」は復活祭直前の一週間、キリストの受難、そして復活を記念して行われる行事。磔にされたキリストを思わせる「釘打つ音」、それは苦難・贖罪・復活などを象徴する、心の中に建てられた十字架を思わせる。さらには原罪への広がりもあるのであろう。
雑詠-西池冬扇・選
あをあをと過ぎ行く僧や冴返る
千葉  原 瞳子
眼の前を僧が通った。新発意(しぼち)であろうか、剃りたての頭をひんやりした空気に晒し、まさに「あをあを」と過ぎ行くのである。季語「冴返る」の持つ清々しくも冷たい趣が、僧の剃ったばかりの頭の清らかな感じと相俟って、巧みに表現されている。思わず拝礼したくなる。
ふらここのたがひちがひに大空へ
神奈川 山口紹子
二つの鞦韆が交互に空高く舞う単純な景。鞦韆は中国の宮女の遊戯として春の景物であった。現代では本来の趣は失せ児童の遊具。「ぶらんこ」(ポルトガル語らしい)より「ふらここ」(雅語)を好んで使用する俳人が多いのは郷愁か。この句は平明だが明瞭で動的なところが心地良い。
はいと口真一文字や卒業す
静岡  大石しげる
地方に住むせいか、最近の小学生の多くは礼儀正しく真面目と感じる。子供が大きく「はい」と立ち上がり、口をきりりと結び、前方を見つめた。卒業式の風景だ。下五を卒業子とか卒業生とせずに、「卒業す」と動詞の終止形にしたことに、今までの親の感慨が込められているとみた。
雑詠-保坂リエ・選
合格子歌へば母の唱和せり
千葉  仁藤輝男
厳しい受験を乗り越え合格した子とその母。どんなに嬉しかったであろう。その厳しい連日から解放されたその日、理由もなく、どうしようもない喜びがハミングとなって子が歌う。歌声を聞いた母が一緒になって歌う。その歓びの様子がよく捉えられている。
菜の花や園児の列の遅れがち
愛媛  渡部洋三
誰もが一度や二度はこんな景を見かけたことがあると思う。菜の花の咲く頃と言えば桜が咲く頃、一年中で一番陽気のいいとき、四歳か五歳位の同じ園児服に黄色い帽子を被った子ども達が立ち止まったりおしゃべりをしたりの一景で何とも可愛い。「遅れがち」が面白く効いている。
勝ちめ無き妻とのけんか目刺焼く
東京  杉本とらを
「目刺焼く」の季語がいい。読者に鑑賞の幅が広がる。やはり女は強い。負けていない。決して負けていないことをきちんと読んでいる作者はご立派。「負けるが勝ち」なのである。上五音「勝ちめ無き」は出そうで出ない。まさしく授かった一句であった、と思う。
雑詠-宮坂静生・選
人の世に笑ふ淋しさ芽水仙
福島  菅野奈美江
人の世の笑いは可笑しいことや楽しいことばかりではない。時には相手を傷つけるようなことも、笑うことでそれとなく先方に伝える。「淋しい」笑いだ。自分の欠点を指摘され、笑うことで辛うじて耐える。これも淋しい。掲句の「芽水仙」の可憐さがなんとも愛しい。季語が巧み。
一日を長しと思ふ芽吹きかな
埼玉  中野博夫
芽吹きの頃は自然が一番活発な時である。草や木が様々な芽を見せてくれる。その多彩な華やかさに気付くと次々と興味が湧き、山野に出て一日をたっぷりと愉しむ。今日はよく見て歩いた。一日が長かったという充実感があろう。掲句は家の中にいて、退屈感を漏らした句ではない。
堕落とは進化の途上安吾の忌
新潟  行田暁子
坂口安吾忌は二月十七日。新潟生まれの新戯作派の作家。戦後いち早く「堕落論」などで、特異な視点から新生日本を考えている。堕落することは生まれ変わるために必要だという。掲句の主旨は安吾のいわんとすることをよく踏まえている。堕落は退歩ではない。逆説がよく効いた作。
兼題
今月の兼題…【吉】
兼題-大高霧海・選
春雪も天の手紙と宇吉郎
埼玉 森竹昭夫
麦踏や島の歴史に吉利支丹
大分 堀田毬子
羽衣を被せたし春の吉祥天
茨城 羽鳥つねを
兼題-佐藤麻績・選
玉虫の吉兆の彩放ちけり
山形 横道輝久子
外国語交じる吉田の登山口
滋賀 北村和久
立春大吉包丁の音かろやかに
長崎 青木のり子
兼題-田中陽・選
鬱を抜け万葉開く茂吉の忌
大阪 永島文夫
吉原で喰ふかつ丼や荷風の忌
神奈川 野地邦雄
吉原の路地に忍びの桜餅
神奈川 大木雪香
兼題-名和未知男・選
吉野山かなしき花に逢ひにゆく
神奈川 山口望寸
なごり雪いやしけ吉事など言ひて
岐阜 三田村広隆
今はただ茂吉の国に青き踏む
京都 前川おとじ
兼題-山下美典・選
蜂飼の出立大安吉日に
鹿児島 内藤美づ枝
桜咲く江戸に西郷吉之助
茨城 林 秀峰
春陰に籠り吉川英治集
神奈川 松永きよ子

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