●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2019年7月号 ○
大  特  集
森 澄雄 〜澄雄が遺したもの
●角川春樹 森 潮 堀切 実 鈴木太郎 青木亮人 榎本好宏 上野一孝 ほか
特別作品21句
伊藤敬子 梶原美邦
俳句界NOW
橋田憲昭
セレクション結社
「歴日」
甘口でコンニチハ!
室井佑月(小説家)
私の一冊
秋篠光広『紫の火花』
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢28名の選者陣!

添削教室選者
折井紀衣、長嶺千晶(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
兼題選者
大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)


【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】

※印のついた句は、ダブル特選賞もしくはトリプル特選賞です。


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
津軽には津軽山唄ヒバ芽吹く
茨城 島田楷人
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
日の神の懐に入る揚雲雀
福井 木津和典
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
春光や白寿へ夢を膨らます
茨城 竹下澄子
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
翻車魚の形に春愁失せにけり
岐阜 大井公夫
兼題
選者:大高霧海、岸本マチ子、高橋将夫、名和未知男(敬称略)
今月の兼題…【美】
兼題-大高霧海・選
美ら海をゆめ穢すまじ梯梧炎ゆ
愛媛 境 公二
学徒動員の美貌にケロイド原爆忌
広島 別祖満雄
耽美派を気取り胸張る羽抜鶏
東京 関根瑶華
兼題-岸本マチ子・選
あたたかや鉈目の美しき円空仏
東京 岩男澄美雄
美酒呷り夜神楽に沸く奥日向
宮崎 山下 守
イチローの男の美学さくら散る
大分 後藤美子
兼題-高橋将夫・選
佐保姫は泥も埃も美しく見せ
東京 小田美惠子
美しく脆き地球よ大牡丹
長野 秦 順子
芭蕉布の海美しき風を編む
岐阜 長縄邦彦
兼題-名和未知男・選
分け入りて龍太の山や辛夷美し
長崎 高橋栄美子
楼蘭の眠れる美女よ月おぼろ
長野 秦 順子
「ゲルニカ」は反戦の美よ春の雷
東京 池田秀夫
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、茨木和生、今瀬剛一、大串 章、櫂未知子、加古宗也、角川春樹、古賀雪江、佐藤麻績、鈴木しげを、田島和生、辻桃子、夏石番矢、行方克巳、西池冬扇、能村研三、山尾玉藻(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
湖の光り背にして諸子舟
京都 佐々 宙
諸子は関西、特に琵琶湖で沢山とれる。この句の湖はまさに琵琶湖である。その湖の光を背に しながら、何艘もの諸子を釣る舟が浮かんでいるのである。諸子釣りの旬は早春、一月から三月 にかけてである。湖の光も早春である。早春の光を背に諸子舟が浮かんでいる光景が美しい。
青き踏む憶良送りし駅家跡
福岡 洞庭かつら
有名な万葉歌人・山上憶良は、七二六年筑前守として筑前の国に着任した後、大伴旅人たちと 筑紫歌壇を作った。憶良は七三二年に帰京。その憶良を見送った駅家が太宰府近くにある。その 近くの野に萌え出た草を踏みながら、万葉の時代に思いを馳せているところが佳い。
霾や観世音寺の鐘の音
千葉 三木星音子
福岡県太宰府市にある観世音寺は天平一八年(七四六)に建立された。奈良時代に作られた鐘 が有名である。春になると中国の方から飛んできた砂塵が降ってくる。その中で鐘が響き渡って 行く。霾ことも楽しく、そこへ歴史のある寺の鐘の音が聞こえてくる光景が佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
北窓を開き制服試着せり
新潟 阿部鯉昇
冬の間閉ざされていた北向きの窓を春になって開く。特に北国においては、暖かくなってきた という喜びも一入であろう。そしてこの句は、この春入学する学生が制服を初めて試着するので ある。季題の明るさを通して喜びがそれこそ何倍にもなって伝わってくる素晴しい句である。
かまくらに人絶え神の来て座る
秋田 小林しゅん
秋田県横手市のかまくらへは一度伺ったことがあるが、不思議な光に照らされた何とも神秘的 なイベントであった。大きな人が入れるものから、ほんの数十センチの小さなものまで所狭しと 町を彩っており、夜を神々しく照らし出している。その様子がまさに超自然的に伝わってくる。
花の旅西行よりも存へて
埼玉 中村万十郎
西行は西暦一一一八年から一一九〇年まで生きた人で、当時ではかなり長命であったが、現在 の平均からは却って若いのかも知れない。奈良県吉野山の奥千本にある西行庵は有名であるが、 桜の時期に西行所縁の場所に行かれたのである。花と西行を重ね合わせた心情が豊かである。
雑詠-茨木和生一・選
目指し来て仰ぐ古木の山桜
大阪 春名 勲
必ずその花の盛りを仰ぎたいという古木の山桜の木を持っている人は意外と多いに違いない。 山中の高い所にある、古木の山桜である。その木を目指して山に登ってゆくのである。咲き始め の頃もいいし、咲き満ちている頃もよい。はらはらと散り始める頃もよい。
隧道を出づれば岬山桜
愛媛 武田友子
隧道を出ると、この句では語っていないがその岬の沖には青々とした海が広がっている。そん な大きな背景を持っている岬におそらく古木の山桜が咲いている。実景が直ぐにでも浮かんでい るように描いている。
受験子の泣いてゐるのも合格者
東京 竹内柳影
受験発表の場が鮮やかに切り取られている。合格者、不合格者がいるのだが、そのいずれもが 泣いているのである。泣き方を描いていないが、その泣き方によって、合格者か、不合格者か、 この作者にはわかっている。
雑詠-今瀬剛一・選
囀のゆたかに大和一の宮
奈良 渡辺政子
「一の宮」とは由緒ある信仰の厚い神社で、その国第一のものというほどの意味であろう。そ れも「大和一の宮」となるとさらに具体的に響く。この句は、その一の宮らしい情景を読む者に 彷彿とさせる。「囀のゆたかに」から大樹の茂る、こんもりとした参道、神々しい神社を思う。
よく笑ふ父となりけり桃の花
愛知 藤本三根子
直接的には「父となりけり」という感動を言いたいのだろうが、「よく笑ふ」という明るい言 葉を加えて父親の表情を具体化した。嬉しいのである。何につけてもよく笑う。その笑いはあく までも品のいい笑い。「桃の花」がその笑いをさらに美しくする。女の子が生まれたのだろうか。
畦焼の煙の低く走りけり
福岡 紙田幻草
春先の情景を見事に捉えた。畦を焼く煙が「低く走り」と言うことは風が吹いている。それも 野焼きの火を燃え立たせる様な風。火はその風に押される様に進んでいく。それが「走りけり」 という表現になった。勢いがある。野を焼く人も野焼きの火とともに走っていたかもしれない。
雑詠-大串章・選
雛の客胸に抱かれて眠りけり
三重 村山好昭
この雛の客は赤ちゃんだろう。なにも分からない赤ん坊を「雛の客」と言い做し、「胸に抱か れて眠りけり」と続けたところが面白い。微笑ましい句である。この句と対照的な句に〈皆老い て雛の客とも思はれず 高木晴子〉がある。雛祭に訪れる客は老若男女さまざまである。
卒業歌吾子の真顔を見つけたり
静岡 内久根眞也
卒業歌をうたう卒業生の中に吾子の顔を見つけた。その真剣な顔付きに胸を打たれ、澄んだ歌 声に心が洗われる。よくぞここまで成長してくれたと思い、今後いっそう飛躍してほしいと願う。 この句、吾子の「真顔」を「見つけたり」と端的に言ったところが良い。
一頭と数ふる蝶の軽さかな
山口 御江やよひ
動物の数え方は頭・匹・羽・尾などさまざま。「頭」と聞くと、象・馬・ライオンなど大きな 動物を思い浮かべるが、ご存知の通り蝶も「頭」と数える。「一匹」「二匹」ではなく「一頭」「二 頭」と数える。一頭と数えるが蝶は実に軽い。そこを言いとめてユニークな句になった。
雑詠-櫂 未知子・選
花冷や帰らぬ猫の皿がある
茨城 加藤そ石
気ままな猫はいつ帰ってくるのやら、帰ってこないのやら。不在のものへの思いが描かれてい るのと同時に、さりげないけれど、じつは常に気にかけている一家の視点が見えてきて切ない作 品だった。
若者の引越簡素つばくらめ
大分 朝賀みどり
結婚して子どもが生まれ、一戸建てを構えてしまうと、こういった句は生まれない。あれこれ 溜め込んだ、中年以降の一家とは違うすがすがしさがあらわれている作品だといえるだろう。
屋上の恋そのままに卒業す
栃木 藤本一城
告白しようとした、しかし、できなかった。そういった思春期独特の初々しさを加味して読む と面白い。永遠に結ばれることのなかった淡さゆえに、この恋はのちのちまで光を放つことだろ う。
雑詠-加古宗也・選
ドナルド・キーン日本の土に涅槃西風
愛知 中西滋子
先日、日本文学の研究者として知られるドナルド・キーンさんが亡くなった。日本人以上に日 本を愛した人ともいわれ、松尾芭蕉の研究などでも大きな業績を遺された。「日本の土」に釈迦 入滅のときに吹くといわれる「涅槃西風」を斡旋することで、キーンへの傾倒ぶりが見て取れる。
乗るだけのバランスボール四月馬鹿
大阪 有瀬こうこ
本来、スポーツの道具として使われてきたボールを、発想の転換によって生んだのが、バラン スボールだ。常識を破ることを「四月馬鹿」という季語でからめとった作者の柔軟さにも脱帽。
制服の袖短くて卒業子
神奈川 野澤星彦
「袖短くて」はいうまでもなく、入学した時に買った制服が、卒業時にはすっかり体が大きく なってしまったために、ちんちくりんになってしまったのだ。その格好の悪さを少々おかしく思 うと同時に、子の成長を大いにうれしく思っている親父なのだ。
雑詠-角川春樹・選
鞦韆のふたつは永遠にすれ違ふ
神奈川 金子 恒
公園に設置してあるブランコに、誰かと並んで座っているのだろう。前後に揺れて、けっして 交差することのないブランコの軌跡を踏まえながら、平行線をたどる二人の心情を表している。
ブティックの靴や鞄や風光る
福岡 菅野奈都子
○ブティックのショーウインドウに展示されている靴や鞄も春の新作のものに変わっているのだ ろう。開放的で明るい「風光る」という季語との取合せがいい。作者の心おどりする様子が伝わ ってくる。
トルソーの腕の断面水温む
東京 結城節子
美術館の庭園や中庭の景を連想する。掲句の場合、「腕の断面」という細部を詠んだことで、 映像の復元力が強まり、一句の新鮮味に繫がっている。「水温む」という穏やかな景が広がる季 語の取合せがいい。
雑詠-古賀雪江・選
花冷や帰らぬ猫の皿がある
茨城 加藤そ石
桜の花の咲く頃は猫の恋の季節でもある。猫の交尾期は年に四回あると言われるが、特に春に 著しい。交尾期の猫は、雌を恋い、食事もろくにとらず狂おしく歩き回る。そして憔悴しきって 戻ってくることも。花冷えのある朝、帰って来なかったらしい猫の皿が乾いているのを見かけた。
吐く息の押し戻さるる春寒し
神奈川 髙野知作
暖かくなったかと思うと、また寒さがぶり返す。するとゆるんだ心持が再び引き締まって万象 が冴返る感じを持つものである。坂道か、階段でも登っているのか。自分の吐く息を自分が振り かぶっているような様を「寒さが押し戻される」ように感じた。その情趣に春寒らしさを思う。
物音の遠き寝覚や春の雨
福岡 有財京佐
春の雨の日であった。寝足りた心地良い寝覚めであった。糠雨に周りの音が包まれたかのよう な静かさに、台所で遣う水音が遠く聞こえる。春、熟睡出来るのは体の調子が良いからであって、 春の眠りは誰にも心地良いものである。そして、かすかに聞こえるような雨音は妙音と言えよう。
雑詠-佐藤麻績・選
火の粉舞ひ僧は走るやお水取り
静岡 岩品正子
お水取りは東大寺の修二会の行の一つ。三月一日から十四日間、東大寺の二月堂で行う。お松 明を担いだ僧が走り抜けながら堂のきざはしから火の粉を振り落とすと、人々はその日の粉を御 利益として受け取る。堂内では韃陀だったんの行が続く。闇の中での行に虜になることが伝わる作品。
シャガールとベラが空飛ぶ春の夜
神奈川 正谷民夫
シャガールはロシア生まれの画家だが、パリに出てフランスに永住した。彼の妻ベラと宙を飛 んでいるような絵は日本でも見ることがあった。出身地の思い出が画面に描かれて追憶と理解で きる作品も特徴であるようだ。この句はシャガールの明るい絵を思い出す秀句である。
のどけしやショパン流るる牛の小屋
青森 飯田知克
家畜の飼育には飼料が最も大切だろうが、そればかりではなく環境を整えることも重要だろう。 心地よく生長することが良質になるかに深く関わるという。音楽の効果も大きいとか。ショパン の軽やかで明るい曲などは相応しいのだろう。句意から心地よさが確かに伝わる一句である。
雑詠-鈴木しげを・選
山独活に嗣治の白ありにけり
青森 田端千鼓
明治から昭和にかけて活躍した洋画家・藤田嗣治。掲句の「嗣治の白」は氏の白の絵具による 陶器の肌を思わせる精巧な描写力によってかく呼ばれたものである。その独特の白を山独活の軟 白にかさね合わせた作者の目はするどい。下五の「ありにけり」の断定がいさぎよい。
和顔施の祖母思ひをり春の雲
福岡 渡辺葉月
「わがんせ」は読んで字の如く、なにさまにも和やかな顔を施すこと。あえてそうしなくても 作者の祖母はつねに心やさしく座を和ます人柄だったのだろう。きっと周囲の人々に尊敬の念を 抱かれていたにちがいない。それはあたかも大空に浮かぶ春の雲のありさまを思わせる。
花の旅西行よりも存へて
埼玉 中村万十郎
〈願はくば花の下にて春死なんその如月の望月のころ〉と詠んだ漂泊の歌僧西行はその思い叶 って河内にて七十二歳の生涯を終えた。旅を愛しとは云っても、多くは勧進のための諸国遍歴で あったと思うが「花の旅」にふさわしい先人。作者も西行にあやかって元気に旅を楽しんでいる。
雑詠-田島和生・選
よく笑ふ父となりけり桃の花
愛知 藤本三根子
子どもの頃から厳しい父。ちょっとした間違いでも激しく叱られた。めったに笑ったりもしな い。それが老いるに従い、笑って話すようになる。春先、薄桃色の桃の花を眺めながら、父は「き れいだね」と笑顔で話す。平易な表現で父への愛情を詠み、「桃の花」の季語もぴったりである。
殉教の島の古井戸花菜風
福岡 中道サワノ
最近、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産に指定された島だろうか。 風に揺れる菜の花畑の付近に古井戸があった。信者らは弾圧に怯えながら、貴重な水源の井戸水 を飲みつつ暮らしたに違いない。明るい「花菜風」を配し悲惨な歴史を紐解くような秀吟である。
崩れゆく解体の家雪煙
北海道 中北良子
作者は北海道在住なので、開拓農民の家かもしれない。一家族が苦楽を共にした家は古び、つ いに手放される。大型機械を使って解体作業が始まる。雪は屋根にも地上にも積もり、家が倒れ た瞬間、激しい雪煙が上がる。下五「雪煙」の即物的表現で臨場感に溢れ、優れた作である。
雑詠-辻 桃子・選
俎板にかんな掛けるや木の芽時
神奈川 亀村唯今
古くなって汚れた俎板にかんなを掛けて、新しい面を出した。その木肌を見つめる目をふと庭 に向けると、まさに木の芽時。木々が明るい日を浴びて芽吹いていた。長く使われた俎板がかん なを掛けて新しい俎板になったことと、みずみずしく芽の吹く庭の木とがよく響き合っている。
行く春やとびとびに読む去来抄
福岡 川崎山日子
『去来抄』は向井去来が師・松尾芭蕉の言葉を集めた書。「行く春」では〈行く春を近江の人 と惜しみける〉の句についてのエピソードが思い浮かぶ。ここで去来はともに風雅を語る者とし て師から褒められている。そんな記述をとびとびに読みながら作者も春が行くのを惜しんでいる。
同じ木を褒めて知り合ふ植木市
千葉 三山 九
植木市で行き合わせた人が「なかなかいい木だ」などと言っている。自分がほれ込んで買いた いと思った同じ木だ。「見る目がある人だ」と互いに思い言葉を交わして知り合いになった。植 木市が縁で友だちになったのが愉快。中七を「褒めて知り合ひ」と軽く切るとさらによい句に。
雑詠-夏石番矢・選
娶らざる一世は永し桃の花
静岡 宮田久常
独り者は、異性嫌いなのだろうか? それにとどまらず人間嫌いなのだろうか? 一人暮しに は自由があるが、さみしさはむろん、不如意感も伴う。しかも長寿。高齢者の多くなった時代、「桃 の花」の柔和な華麗さの反面、しらじらしさ、空虚感も漂う。単純なようで複雑な秀句。
洗ふ洗ふ私を洗ふ花吹雪
群馬 石原玲子
桜の花びらの浄化作用をうまくとらえた一句。「洗ふ」の繰り返しが、快い躍動感を生み出す。 俗塵にまみれた人間を、花びらの乱舞がしだいに清めてゆく過程をうまく表現している。花びら と風の織りなす華麗な流動的時空は、確かに「私を洗ふ」し、あなたも洗うのである。
蝶狂うこの迷宮は透けている
長野 未補
蝶はなぜか奇妙な動きを見せている。死ぬのだろうか? いや、空中の見えない何かにとりこ まれて、しきりにもがいているようだ。それを作者は透けた迷宮と表現した。この透明な迷宮は 何なのだろうか? この句をさらに進展させれば、こうなる。〈透明な迷宮から出る乱れ蝶〉
雑詠-行方克巳・選
諸葛菜少年工に所得税
神奈川 堀尾笑王
今の税制がどういう仕組みか私には全く分りませんが、何だかIT企業とか不動産関係ばかり 高収入を得ているような気がしてなりません。一生懸命働いて得たわずかな収入にもちゃんと税 金がかかってくる。いわゆるワーキングプアは絶対に何とかしなければいけないでしょう。
メロンパンを登るやうなり春の山
石川 山下水音
春山登山の例えとしてメロンパンのようだとは驚きました。私は俳句の世界にもこのような詩 的飛躍が必要であると常々考えています。「何々の如く」という比喩はほとんどがつまらない。 如しと言わずむしろ断定した方がいいと、私はいつも俳句の仲間に向かって発信しています。
部品一個も疎かならず白魚は
東京 渕上信子
白魚のような極小の魚でも備えるべきものはすべて備えているという意味ですが、この句を読 んですぐに思い出したのは、〈白魚のさかなたること略しけり 中原道夫〉という句です。なん だかこの中原さんの句に、真っ向から挑んでいるようで、私はとても興味深く思いました。
雑詠-西池冬扇・選
立読みや袋はみ出す春大根
兵庫 井上徳一郎
買い物に出かけたついでに書店へ寄って立読みをしたのであろう。懐かしい景。日常生活の描 写は俳句という表現手段の持つ大きな使命の一つ。作り手も読み手も庶民生活の中に趣を追うこ とで心が豊かになる。文体は典型的な二句一章であり、平易に表現してあることで好感が持てる。
春宵や隣の席は空いたまま
大分 森次よう子
これも日常の景。音楽会か演劇の隣の席を想像する。約束の連れが現れなかったのか、それと も、指定席で隣にどんな人が来るのか想像して楽しんでいたのに誰も現れなかったのか。そこは 判らないが、それで良い。春宵ということで、一つの景をイメージ出来たら、それだけで成功。
啓蟄や土に大きくアンパンマン
大阪 熊澤雅夫
アンパンマンは子供に人気のやなせたかしの絵本のキャラクター。よく句材に使われる。啓蟄 のころは子供が戸外で遊ぶのが目立ち始める。句は土の上に描かれた、丸顔のアンパンマンを見 つけた時の小さな喜びであろう。昔はローセキが子供の必須道具だが、このごろは見なくなった。
雑詠-能村研三・選
太陽へ地軸傾け山笑ふ
富山 道端 齊
地球の地軸が傾いているので公転することによって季節の変化が生まれる。ちょうど良い角度 に傾いていることで私たちは四季の変化が楽しめるのだ。地球の地軸を傾けたのも人間に対する 神の仕業なのかも知れないが太陽と地球の関係により二十四節季という季節の変化も起こりうる。
身の内に水音のあり海市顕つ
東京 関根瑶華
「海市」とは光の屈折率の関係で遠くの風景が幻のように海上に見えたりする現象で、「蜃気楼」 とも呼ぶ。「海市」は海の上に浮かぶ街ということからこの名が付いた。この句も海市を見た時 の不思議、幻想の光景と対した人間の感覚あるいは、その気分を詠んだものである。
遠足の声のかたまる赤信号
千葉 塩野谷慎吾
「遠足」は春の季語。春に遠足が多いのは、新しいクラスメート同士が親しくなる機会を作る 意味もあるからだ。学校を出発したばかりの歩き遠足であろうか。遠足の長い列は赤信号により 途中で分断されてしまったのだろう。その途端、子どもたちの声が賑やかになった。
雑詠-山尾玉藻・選
藤の香に少し遅れて藤匂ふ
福岡 浅川走帆
藤房の一つ一つは甘い優しい香を漂わせますが、藤棚のように無数のそれは少し息が詰まりそ うな強い匂いと言った方が相応しいでしょう。「香」と「匂」のニュアンスの違いをよく心得た 上で藤の花の実態を捉えており、それも一字一句無駄を感じさせません。
涅槃図の下半分が騒がしき
愛知 石井雅之
涅槃図には入滅の釈迦牟尼を取り囲んで悲嘆にくれる多くの僧侶の様子と、その下部に生き物 達が泣く様が描かれています。その生き物達はごたごたと雑多で、その悲しみぶりも少々大袈裟 に感じられます。なるほど、「下半分が騒がしき」とは実感でしょう。
決心のつくまで歩く北こぶし
北海道 井上映子
何か決めかねる事があり歩みも鈍りがちとなっていた作者でしょう。しかし、ふと仰いだ空に 咲き満ちる「北こぶし」を目にして漸く迷いが吹っ切れた様子です。辺りの余寒をおし留めて咲 くその清廉な花に、作者は何かを教えられたのかも知れません。





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