●毎月25日発売
●A5判  ●定価1,200円

○ 月刊 俳句界 2017年8月号 ○
特   集
俳句にタブーはあるのか?
孫俳句、カタカナ俳句、季重なり、三段切れ、ペット俳句
エロス俳句、切れ字重複
特   集
杉田久女と橋本多佳子
〜二人が愛した北九州
特別作品50句
宇多喜代子
充実の連載陣!
「牡丹と怒濤ー加藤楸邨伝」石寒太、他
セレクション結社
阿部王一「水輪」
俳句界NOW
能村研三「沖」
甘口でコンニチハ!
清水まり子(演歌歌手)
amazonでもご購入いただけます→
○ 別冊付録 / 投稿 俳句界 ○
質量とも類を見ない、圧倒的に充実した総勢29名の選者陣!

添削教室選者
河内静魚、山尾玉藻(敬称略)
俳句トーナメント選者
石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
雑詠選者
有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、角川春樹、岸本マチ子、古賀雪江、坂口緑志、佐藤麻績、鈴木しげを、辻桃子、夏石番矢、西池冬扇、原和子、山田佳乃(敬称略)
兼題選者
大高霧海、高橋将夫、田島和生、田中陽、中西夕紀、名和未知男、能村研三(敬称略)


  【下の各画像をクリックしますと、今月の各コーナーの授賞作品がご覧いただけます。】


俳句ボクシング・今月のチャンピオン
選者:石井いさお、五島高資、佐久間慧子、堀本裕樹(敬称略)
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
つくしの袴取る新聞にテロの記事
愛知 山口 桃
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
卒業の翼を得たる子の寝顔
埼玉 田坂泰宏
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
舌に享くパンのごときか散るさくら
長崎 坂口かづさ
俳句ボクシング・今月のチャンピオン
母歌ふ病んでも歌ふ春の月
大分 金澤諒和
雑詠
選者:有馬朗人、稲畑廣太郎、今瀬剛一、大串章、大牧広、角川春樹、岸本マチ子、古賀雪江、坂口緑志、佐藤麻績、鈴木しげを、辻桃子、夏石番矢、西池冬扇、原和子、山田佳乃(敬称略)
雑詠-有馬朗人・選
豆腐屋におからもらひに昭和の日
東京 田守三里
昭和も第二次世界大戦中から敗戦直後、我々は貧しい時代を経験した。豆腐屋の豆腐は貴重品。おからも大切な食べ物であった。そのおからを豆腐屋へもらいに行ったものであった。昭和の日にしみじみとそのような若き日の生活を思い出しているのである。昭和の日らしい佳句である。
だしぬけに雉子ほろろ打つ陣場跡
岩手 高橋 貢
雉子は林道などから不意に現れ、雄はケーンケンと鳴く。それで居所が知られる。「雉子も鳴かずば打たれまい」と言われる理由だ。そして鳴いた後翼を体に打ちつけて音を立てる。それが「母衣ほろを打つ」である。不意に雉子が母衣を打つのを聞いた所が、陣場跡であったことが面白い。
夫も子も己も忘れ海女沈む
大分 金澤諒和
海女が海中へ沈んで行く瞬間の様子である。夫のことも子供のことも、それどころか自分自身のことも忘れ、正に無我夢中になって沈んで行く姿を見事に描いている。自分だけでなく夫も子も皆忘れたと言ったところが佳い。
雑詠-稲畑廣太郎・選
フルトヴェングラー鳴りたる暮の春
兵庫 百目鬼 強
二十世紀を代表する、というより、歴史上最も偉大な指揮者だと筆者は思っているヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、一九五四年に亡くなり、今では余り録音技術が発達していない頃の記録でしか聴くことは出来ないが、暮春の長閑な雰囲気が彼の芸術を余すところなく伝えている。
いつまでも空に遊んでゐたい凧
東京 貝 啓
すっかり正月の遊びとして定着しているようだが、俳句の世界では、凧は春の季題である。春風を一杯孕んで勇壮に空に泳いでいる姿は、やはり春の明るさに満ち満ちているだろう。人間の目線ではなく、凧の気持になっているような視点で詠まれたところがより季題を引き立てている。
湯を注ぐだけの昼餉や山笑ふ
秋田 土谷敏雄
家族は皆出かけてしまって、一人留守番をされているのだろうか。昼食も自分で用意しなければならない。そんな時はインスタントラーメンが手っ取り早いだろう。湯を沸かして、それを注いで三分程待つ。手軽ではあるが、何か物足りないような心境も季題を通して語られている。。
雑詠-今瀬剛一・選
ネクタイをむすぶ練習初つばめ
長野 木内博一
大人になって初めてネクタイをむすぶ喜びと緊張感がよく感じられる。新入社員であろうか。 何回も結んでは解く、その心の弾みがよく伝わってくる。片方が長くなったり、捻れてしまった りして、それでも一応むすび終え胸を張ると、燕が威勢よく飛んでいた。「初」が生きている。
両の手に重き荷物や新入生
三重 橋本 薫
入学式も済んで授業が始まると、子ども達は沢山の荷物を持って通うこととなる。新入生だけ に、それがいかにも重そうである。真新しい服、緊張に満ちている顔、両手に提げた「荷物」。 いずれもみな輝いて感じられる。それを傍から見守る作者の眼が温かい。
猪罠の仕掛けてありぬ山桜
山口 御江やよひ
美しく咲く「山桜」と荒々しい「猪罠」との対比がよく生きている。最近は猪が人里近くに現れたという話をよく聞く。したがって「猪罠」を仕掛けることは致し方あるまい。一方昔ながらに咲き続ける「山桜」は美しい。この作品はその美しさに野性味を加えているところがいい。
雑詠-大串章・選
山国の蝶大いなる虚子忌かな
愛媛 境 公二
高濱虚子の代表作〈山国の蝶を荒しと思はずや〉を踏まえる。「この句が発表せらるるや、俳 壇をあげて傑作と推した作である」と大野林火は述べている(明治書院刊『高浜虚子』)。虚子の 句を念頭に置いて、山国の蝶は荒々しく、又、大きい、と言ったところが一句の見どころ。
児を𠮟る母に笑みあり桃の花
東京 尾形和北
「児を𠮟る」と言った後、「笑みあり」と続けたところに惹かれる。わが子に対する母の愛情 を感じる。何を𠮟っているのか具体的なことは分からないが、児の成長を喜びながら、あるいは、 児の無邪気な行為を良しとしながら、しかし𠮟るべきところはきちんと𠮟っているのだ
都忘れ老い知らぬまま逝きし母
長崎 高橋栄美子
都忘れの花を見ながら、亡くなった母のことを思っている。自分たちを大事に育ててくれた母は、老いを知らぬまま亡くなってしまった。母が生き続けていたら、どんな老年を迎えていただろう。自分たちもいろいろ親孝行が出来たはずなのに。そう思うと残念でならない。
雑詠-大牧広・選
*死ぬ気せぬ反骨兜太にセルと下駄
大分 下司正昭
「セルと下駄」が金子兜太を西郷隆盛のように姿を彷彿とさせている。まさに掲句のように金子兜太氏は不死身の感である。こう詠むことによって現代俳句は衰弱してはならぬという思いを強くする。加えて言えばこのような時世ゆえに、この句は重くて確かである。
陽炎や企業戦士はいまどこへ
茨城 黒沢弘行
昭和の時代に「猛烈社員」という言葉が流行した。家族や寝食を忘れて企業に尽くすことが美 徳とされ日本中が企業戦士となった。いまこれらの戦士たちは殆ど高齢化して、鬼籍に入った人 も多い。「いまどこへ」は、その時代を生きた深い思いとして映る。
雉子啼くやちちはは恋ふに齢なし
愛媛 境 公二
真実を詠んでいる。昔は「ちちはは」といえども六十歳、七十歳で生涯を終えている。そんな父母を想っているとき、雉子が鳴いて、いよいよ「ちちはは」を思う気持がつよくなる。たとえ、自分が八十歳、九十歳になっても父母は父母として恋しく懐かしいものなのだ。
雑詠-角川春樹・選
鞦韆の浅葱の空を揺らしけり
福岡 石井麗子
「鞦韆」はぶらんこのことで、やわらかくなった日差しのなかで遊ぶ景は、いかにも春らしい 感じがする。「浅葱の空」という措辞からは、鞦韆にのって豊作を祈念したという乙女の風姿が 思い浮かんだ。
ふらここや蹴飛ばして脱ぐハイヒール
福岡 森山 信
一句目とは打って変わって、現代的なぶらんこの景である。ぶらんこに乗って気晴らしをする女性を描くのに、「蹴飛ばして脱ぐハイヒール」ともってきたのが新鮮であった。
春の土踏めば発条あり馬力あり
埼玉 猪子洋二
「春の土」という季語からは、田園や園芸の状景が連想されて、土に宿る生命力を感じる。掲 句では、「踏めば発条あり馬力あり」というように「ば」の音でリズムをつくり、「発条」「馬力」 ということばによって、春の土の生命感、躍動感を表現している。
雑詠-岸本マチ子・選
鮟鱇の値札咥へて糶られけり
秋田 宮本秀峰
鮟鱇はぐしゅぐしゅとした魚で、全長一メートル。日本各地に産し海底にすんでいる。体は平たく口は著しく大きい。そのため、糶られた値段をその口に咥えさせられるのであろう。鮟鱇鍋はおいしいのだが、その体はなんとなく面白くて哀れをさそってならない。
*死ぬ気せぬ反骨兜太にセルと下駄
大分 下司正昭
「私何だか死なないような気がする」といったのは宇野千代だったと思うが、意気軒昂とまではいかないまでも我が師、金子兜太もまだまだと、思って居られるのかも知れない。セルと下駄、とても似合いそうな気がする。
ゲートルを巻きし日のあり昭和の日
高知 山中 則
わたしの従兄弟はとても不器用で、いつもゲートルが巻けないとこぼしていたが、ゲートルというのは案外難しいものかも知れない。その従兄弟は今、満州の土になっている。
雑詠-古賀雪江・選
行先の見えて行く道陽炎へる
兵庫 前田 忍
近づくと何ということもないが、陽炎の盛んな日には、物がゆらゆらと炎のように燃えて見える。遥か彼方に向かって歩いていると、行先がぐっと近づいて見えたかと思うと模糊と遠巻かれたりする。自然と一体となっている中で、陽炎に屈折された景を視覚的にとらえた句である。
初蝶や風につぎはぎあるごとく
島根 東村まさみ
「初蝶」は春になって初めて見る蝶で、春の訪れをいち早く知らせるもの。飛び方もたとたどしく、風のままに飛ぶようなはかなさである。影を大事に飛ぶ蝶は、風の強弱に翻弄されているようでもある。春の到来を知らせる使者のような初蝶に寄せる作者のあたたかい心を感じる。
比良八荒琵琶湖に鳶の落ちてくる
東京 芥川登史子
滋賀県の比良明神、白髭神社で行われる法華八講。その前後に琵琶湖周辺で吹き荒れる寒い風、これが「比良八荒」である。大琵琶を悠々と舞っていた鳶がこの風に逆落としとなった様が、作者には、鳶が湖に吹き落とされたかのように見えた。それほど強い比良八荒であった。
雑詠-坂口緑志・選
累々として流氷の暮れなづむ
北海道 花畑くに男
北海道北東部のオホーツク沿岸で見られる流氷は、サハリン北東部の海で生まれ、一月下旬か あざらしら三月上旬頃が見頃だと言う。海豹や北狐、さらに尾白鷲が流氷に乗ってやって来る。ぶつかり合い重なり合い、暮れるのを拒んでいるかのような流氷。その迫力がよく伝わってくる。
清明の水満しゆく千枚田
千葉 原瞳子
「清明」は、二十四節気の一つ。天地に清く明るい空気が満ちる時期という。今年は四月四日であった。その清明の日の水を千枚田に満たしてゆく。上の棚田から中ほどの棚田へ、また中ほどの棚田から下の方の棚田へと。その全容を眺めるとき、人は至福を感じるに違いない。
椿咲く星野立子の墓前かな
東京 曽根新五郎
星野立子は、高濱虚子の次女、初めての女性主宰誌「玉藻」を創刊主宰した。雛の日、三月三 日に亡くなった立子の墓は、鎌倉の寿福寺にあり、〈雛飾りつゝふと命惜しきかな〉の句碑が立つ。 その墓前には椿の花が咲いているという。その事実に心を動かされたのである。
雑詠-佐藤麻績・選
口開けて炎となれり燕の子
東京 高橋透水
生まれた燕の子は数羽が一緒に巣に入っている。そこに親燕が餌を頻繁に運んでくる。親が近づいてくると子燕たちは一斉に口を開ける。顔が口だけになっているようだ。その様子はまさに真っ赤な炎の様である。炎とは生命力の証のようでさえある。
炊き込みの飯に横たふ桜鯛
静岡 渡邉春生
鯛料理にも様々あるが、この句は鯛飯を詠まれた。素焼きにした鯛をその姿のまま、米と共に炊き、姿の美しい桜鯛をそのまま生かされたのである。しかも突然目にした驚きを、力の入った一句に詠まれた。
階下より合格の声太くあり
福島 阿部 弘
受験生は立派な体軀の男子であろう。そして三世代が揃う明るい家庭のようでもある。作品は 何もかも説明しなくとも読み手に広く、あるいは深く想像させる余地があることが望ましい。「合 格」の声は力のある太い声であるとは実に頼もしい。
雑詠-鈴木しげを・選
つぼすみれ寛解といふ安らぎに
福岡 一木さくら
「寛解」は医療で用いられることが多い。病気が完治とは云えないが軽減して落ち着いた状態をいう。軽い病ではなく命にかかわる病を克服したのである。下五の「安らぎに」の言葉に重みがある。これにつぼすみれの可憐な花が寄り添う。
*鯥五郎もんどりうつてたたかへり
熊本 加藤いろは
鯥五郎は有明海など干潟の泥海に棲息するハゼ科の魚。両眼が頭上に突出している。同じ泥海 に棲む藁素坊(わらすぼ)は季語になっていない。「もんどりうつてたたか」うのは同じ仲間か 或いは藁素坊か。きびしい生存競争がくりひろげられる。「もんどりうつて」が絶妙。
鳴る鐘は法隆寺なり豆の花
大阪 上田和生
法隆寺といえば正岡子規の〈柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺〉を思うことだろう。しかし掲句もなかなか捨てがたい。法隆寺周辺の田畑に豆の花がいっぱい咲いている。上五の「鳴る鐘は」の表現に作者のいる位置と法隆寺の距離感がよく出ている。
雑詠-辻桃子・選
潮いたみせし階や灌仏会
大阪 藤なぎさ
灌仏会は釈迦が誕生した日といわれる四月八日に行われる。この句では海に近い寺院での灌仏 会。花御堂に向かって作者が階をのぼると、長い年月潮風にさらされた階は潮いたみがはげしか った。「潮いたみせし階(きざはし)」の表現に作者の心情が込められている。
黒き背を丸く繰り出す毛虫かな
神奈川 小泉輝子
体じゅう毛で覆われた黒い毛虫だ。進むとき背を丸くして体が丸まるような形になる。そして前に繰り出す。客観写生がとらえた動きの描写だ。全身を覆う毛の微細なうごめきも見える。目の前の毛虫をじっと観察したのだろう。下五を「毛虫かな」とした一物仕立ての句形もよい。
書棚から文庫取り出す百閒忌
奈良 芝ほうどう
内田百閒は夏目漱石の熱烈な崇拝者。百鬼園と号し、軽妙洒脱で滑稽味のある随筆『百鬼園随筆』で知られる。忌日は四月二十日。百閒を偲んで作者は書棚から文庫本を取り出した。なるほど百閒忌には学術書や全集ではなく、誰もが気軽に読むことができる文庫がふさわしい。
雑詠-夏石番矢・選
意味もわからず今宵も指を数えている
福島 呼吸
この作者の孤独と悩みは深い。そして、既成の表現の模倣をせず、心の奥の痛みが伝わる俳句 が生まれる。昼から夜への移行時である「宵」は、情緒的な安定をもたらさず、指を数える行為 によってかろうじてバランスが成立する。〈さくらさくら数限りなく闇うなずく〉も秀句。
逃げ逃げて汚水いつしか御神水
鹿児島 押 勇次
アイロニーに貫かれている一句。汚染水の流れから、皮肉なドラマを発見できたのは、すばら しい。この水のドラマは、人間のドラマの比喩でもあるが、〈逃げ逃げて乞食いつしか大御神〉 では、味もそっけもない。この世のからくりは、この句が示すように欺瞞と錯覚に満ちている。
春深く背骨つらぬく光かな
愛媛 片山一行
今年の春は例年になく寒かった。そのなかで、「背骨をつらぬく」あたたかさではなく、光を 感じ取ったところが、すぐれているし、読み手に安心感をもたらす。ただし、「春深く」でなく ても、成立する。たとえば、〈丘の上背骨つらぬく光かな〉〈真夜中の背骨つらぬく光かな〉など。
雑詠-西池冬扇・選
花の下ぐるりと囲む乳母車
神奈川 太田明次
咲きほこる花の下に乳母車が何台も。円陣か放射状か。囲まれているのは桜の木だろうか、団 欒する母親達だろうか。乳母車は単なる物を超え、様々なイメージの創出を導く要素(クオリア) が豊富なモノである。桜の花を囲む乳母車に生命への根源的な戦慄を覚えることすら、ありうる。
*鯥五郎もんどりうつてたたかへり
熊本 加藤いろは
鯥五郎、有明海の干潟に棲息する魦の仲間でユーモラスな顔に人気がある。たぶん繁殖期やテリトリーの争いであろう。TVで観たが仲間や蟹と争っていた。「もんどりうつてたたかへり」 と具体的に表現してリアリティーのあるイメージとなった。自然のリアリティーは美に通じる。
げんげ田や農具小屋よりビートルズ
神奈川 北川 新
田の一面に、げんげの花が咲き敷いている、いわば原風景。一時少なくなったが、このごろは少しずつ復活しているようだ。上五に背景を置いた、安定した文型。農具小屋とそこから聞こえる音を配する。それもビートルズ、退職Uターン世代の愛唱歌だ。想像を呼ぶ巧みな配合。
雑詠-原 和子・選
春風や漢ぶりよき車曳き
徳島 蔵本芙美子
小京都の風雅な街並みや下町など、その土地の風景に溶け込んで走る人力車は、レトロな乗物として人気が高い。なかでも車夫の出で立ちはいなせで、きびきびと車を引く姿は男振りを引き立たせる。人力車の運びによってゆったりと流れる時間は、まさに春風の中をゆく感がある。
一川を越えて異郷の青き踏む
埼玉 橋本遊行
旧暦三月三日に野山に出て青々と萌え出た草を踏む「踏青」は中国から来た風習で、禊とも関 りが深い。水には不浄なものを洗い流す霊力があるというが、「一川を越え」は禊ともとれる。 身を浄めて踏み出す野には、異郷に遊ぶすがすがしさがある。
少年に遅刻の理由花馬酔木
三重 森下充子
遅刻してきた少年にその理由を問い質しても、判然としないことが多い。掲出句では、多感で好奇心旺盛な少年の遅刻の理由に「花馬酔木」を配したところに見所がある。端的に据えた下五により、野性味、愛らしさ、馬を酔わせる不思議さなど、花馬酔木の魅力が存分に引き出された。
雑詠-山田佳乃・選
春愁や水に投げたるものの音
兵庫 前田 忍
春の訪れた華やぎとは裏腹に、物思いに耽るような少し沈んだ気持になることもある。言葉に はっきりとできないものを様々な描き方をするのだが、作者は水に石か何かを投げたときの「ぼとん」という音と心が響きあったのである。日常の一景に、春愁をそこはかと感じさせている。
境界の曖昧となる花筵
埼玉 小池美知子
花見の場所を取る為にブルーシートなどを敷いて朝から準備をしている。花筵もいろいろな切 り口があると思うが、酒が入り、そのうち境界線がすっかりわからなくなってしまったというと ころを、あまり余計なことをいわず詠んだ句。花筵の境界に焦点をもってきたところが良い。
工具箱全部広げる日永かな
群馬 石原百合子
日曜大工かなにかだろうか。日永の時間をたっぷり使って普段出来なかったことをあれこれと されたのだろう。冬の間傷んだところも春になれば外に出て何かとしてみたくなる。工具箱とい う具体的な物により、にぎやかに広げられた工具や外仕事に心地よい日差しまで見えてくる。
兼題
選者:大高霧海、高橋将夫、田島和生、田中陽、中西夕紀、名和未知男、能村研三(敬称略)
今月の兼題…【牛】
兼題-大高霧海・選
牛蛙原発阻止の喝入れよ
大阪 西向聡志
生活くらしより牛馬の消ゆる福島忌
愛知 安井千佳子
ゲルニカの牡牛暴れし万愚節
千葉 立花 洸
兼題-高橋将夫・選
*牛啼けば鶏も鳴く蝶の昼
愛知 石井雅之
紫雲英田へ牛小屋を発つトラクター
高知 渚みどり子
牛育て牛に教はり卒業す
宮崎 小森京子
兼題-田島和生・選
新緑や羊膜破り牛産まる
東京 高橋透水
*牛啼けば鶏も鳴く蝶の昼
愛知 石井雅之
名を付けし牛売られゆく麦の風
熊本 田中一美
兼題-田中陽・選
夏草に溺れ満蒙牛馬の碑
石川 かくち正夫
農業高校また牛逃げた桜咲く
岐阜 三田村広隆
園児らが牛の反芻見て蝶々
福岡 池上佳子
兼題-中西夕紀・選
陣痛の牛に裏声底雪崩
北海道 大橋嶺彦
ほうほうと夕焼に呼ぶ牧の牛
北海道 小野恣流
蝸牛ぬうんと眼絞り出す
神奈川 石原日月
兼題-名和未知男・選
忽然と海霧の中より隠岐の牛
福井 加茂和己
寒食や曳けば仔牛のあらがうて
神奈川 松井恭子
喰つて寝て牛になりたる劫暑かな
埼玉 鈴木良二
兼題-能村研三・選
かげろふや水牛の角非対称
神奈川 大木雪香
洗はれて骨格著き隠岐の牛
神奈川 月野木潤子
陽炎を反芻しては牛眠る
東京 関根瑶華





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2016年| 12月11月10月9月8月7月6月5月4月3月2月| 1月
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